群馬県伊勢崎市だけれど
境町島村地区の
利根川の南側に位置する
田島弥平旧宅
伊勢崎市のコミュニティバスも
近くの島村蚕のふるさと公園まで
出ているけれど
この辺り交通の便悪いので
車での来場がおすすめ
住所
伊勢崎市境島村甲2243番地 外
見学時間
9:00~16:00
休場日
年末年始(12/31~1/3)
見学料
無料
駐車場
一般の駐車場は
「島村蚕のふるさと公園」または
「田島弥平旧宅案内所」前駐車場
●無料ガイドあり
●団体(概ね10人以上)でガイド希望の場合
事前に申し込みが必要
●毎月第3日曜日特別公開あり
田島弥平旧宅とは
富岡製糸場・高山社跡・荒船風穴とあわせ
4つの資産で構成する
「富岡製糸場と絹産業遺産群」で
平成26年6月25日
世界遺産に登録されました
田島弥平旧宅
田島弥平による、近代養蚕法「清涼育(せいりょういく)」の開発と、ヤグラ(越屋根、天窓ともいう)付き総二階建ての近代養蚕農家建築の原点となった建物
伊勢崎市境島村地区は、江戸時代中期から蚕種(さんしゅ=カイコの卵)製造の盛んな地域で、田島弥平家も有力な蚕種製造農家でした
蚕の飼育は難しく、年によって収量の差が大きかったため、弥平は各地の養蚕方法を研究し、蚕の飼育には自然の通風が重要であると考え「清涼育」を大成し安定した繭の生産に成功
田島弥平とは
文政5年(1822年)生 明治31年(1898年)没
●清涼育を大成
「清涼育」に適した蚕室の工夫を行い
普及のため明治5年(1872年)に『養蚕新論』を著しヤグラを付けた養蚕農家建築は、その後の近代養蚕農家建築の標準となった
「清涼育」
文久3年(1863年)には棟上に換気設備(ヤグラ)を備えた瓦屋根総二階建ての住居兼蚕室を建築
桁行き約25.38メートル、梁間約9.4メートルの大規模な建物で
1階を住居、2階を蚕室としました
●微粒子病を研究
幕末の横浜開港後
島村の蚕種製造農家は、当時微粒子病で養蚕に壊滅的な被害が出ていたヨーロッパ向けの蚕種輸出に積極的に取り組みました
微粒子病が克服され、横浜からの蚕種輸出が振るわなくなると、島村では明治12年(1879年)から明治15年(1882年)の間、蚕種をイタリアへ輸送し現地で直接販売する直輸出を行いました
弥平はこの第1回の渡航メンバーの一人
✧φ(ロ-ロ๑)フムフム…
まずは
利根川河川にある
駐車場にあたる
島村蚕のふるさと公園から
レ(・ω・。)ヘ=3=3=3
今回は
パパを車に残して
ごろちゃんとママで
駆け足で
p
qω•,,´) 。º*
主屋
文久3年(1863)にこの
住居兼蚕室の主屋が
完成されたんだって
フム((¯ω¯*))フム
弥平さんが山形県米沢に行ったのが
嘉永6年(1853)
ペリー来航の年で
その後 尊王攘夷 運動が活発化し
1863年大政奉還が行われた
その頃の建物です。。。
って
感じで説明があったよ
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駆け足での
観光なので今回は
この位で
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