1945年8月6日8時15分、たった一発の原子爆弾が広島の町に落とされ、簡単に市民の命を破壊してしまった。被爆者達は今もそれに苦しんでいる。
私が平和学習を始めたのは、今から12年前。小4で10歳だった。当時習っていた公文で、「おこりじぞう」という広島の原爆の話を国語でやったのがきっかけだった。その他にも、学校の国語でも「一つの花」という戦争の話をやっていた。母にそれらの問題に関してあれこれ質問をしていたら、色々教えてくれ、実家が県内なので、「この夏休みに広島に行ってみる?」ということで、その年の自由研究として、広島に行った。資料館で残酷な写真や遺品を見て、「戦争はここまで恐ろしいものだ」ということを10歳ながらに感じた。小6・中1と、広島の平和記念式典にも参加した。その後も高1・高2と実家の帰省の間に広島を訪れた。
今年の平和への誓いを読んだ男の子が、偶然にも、佐々木禎子さんと同じ小学校だった。彼女は、病と闘いながら折り鶴を折って逝った少女。
初めて広島の式典を見たのは12年前。その時に生まれた子供代表の2人が、今年平和への誓いを読んでいる。その2年後には、広島に住む伯母と一緒に、実際に平和式典に参加した。
それから10年。コロナで広島に行けない分、過去の写真や広島に行った時のことを思い出す8月6日だった。
