こんにちは!
最近空がすげぇくてキュンと震えが続いておる
タカラです
💓
自己紹介→☆
さてさて、今日はずっっっと思っていたことのひとつを書きます。
私は学校や保健所で心理職をしていましたが、その時に、「発達特性のある子」や「発達障がい」と診断された子に会うこともたくさんありました。
現代の日本の教育システムや、集団で効率を求められる場だと、
どうしてもついていくことがしんどくて我慢していたり、苦しんでる子をたくさんみてきました。
例えば学校でも、クラスを運営してみんなに教育を提供していく先生とも、どうしたら苦しい子が少しでも楽にみんなで学校生活を一緒にやれるかを、一緒に考えてきました。
「発達特性」といってもみんなどこかで当てはまるものだと私は思っているのですが、(私もめっちゃ当てはまります)、ただ、その特性が濃いと個人の負担もしんどい
しかも自分と比べ周りの大勢が出来ている事を自分が出来なかったり、悪気はないのに先生に怒られたりすると、自分が悪いのかな、と思いがち。
特性は自分の意志でコントロールしようとしてもできるものではないので、本人が努力してるのにできないと、どうしたらいいんだろう。になってしまう。
だから発達支援として医療や療育等の社会的サポートが受けられる権利も出来、学校等の集団生活の中でも配慮がされてきたと思うのですが。
発達特性を持っている子は、「苦手さがあるのでサポートを必要とする」という一つの見方があると思うのですが、
わたしは、出会ってきた子達を見ていて、
「いつもありがとう」と頭を下げるような心持ちで見ている見方をしていることがたくさんありました。
その子がいることで、場の純粋さが保たれていたり、波動が高かったり愛が大きかったり感じることが多く、ただそばで一緒にいるだけで、私も愛や純粋なエネルギーを受け取っていました


(波動とは人も含む万物から出てる振動の波で、わたしはエネルギーで感じ取ります)
きっと、すべてバランスなんだと思うけれど、今もしかして“システム”が強くなって個人個人の“感覚”がないがしろにされすぎている現代社会だとしたら(大人も子どもも)
その中で「自分らしく在る」子がいてくれることで、周りの人も“自分らしく”が保たれる恩恵が、
たくさんあるのかもしれない。
と思い
いつもありがとう。
あなたは悪くないし、たくさんのものを与えてくれているよ。
と表現したくて、ブログを書きました。
ただ、だからその子のしんどさのサポートや発達サポートが不要かというとそうではなくて、
大人みんなで考えていきたい。と思っている私の現在地です。
(今感じてるキーワードは、“自然”“キャパシティ”“才能開花”“調和”です)。
読んで下さりありがとうございます!
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