孔明先生ゆかりの地へ足を何度か運びましたが
その度に思ったのは
( ̄Д ̄;;孔明先生、体力ありますな

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一度目の玄徳殿の訪問で
玄徳殿の人となりを観察した孔明先生は
その後、旅に出ます。
船に乗って三峡下りをしながら
益州の地へ行った孔明先生。
↑長江の黄昏時。
元気な童子よりもさらに元気に
小高い山を登ると
念願だった地図を遂に完成させました

隆中へ戻ると黄夫人も地図の完成を祝福☆
そして、この地図が後に大きな役割を果たすのですが
それはまた後日のお楽しみってことで。
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孔明先生って、隆中での畑仕事や
放浪の旅で鍛えただけあって
私個人的には
孔明先生関連の史跡へ行くには
かなりの気力と体力が必要でした。
↑陽平関の近くにある孔明先生が
読書していたとされる読書台ですが
かなりの急勾配でした、私にとっては。
(あくまでも玄子個人の感想であり
体力気力には個人差があります)
でも、それ以上に
高台に登って読書をされる孔明先生の姿に
想いを馳せると
隆中時代のような
自然に囲まれた静かな時間を過ごせていたのかなと
思うと同時に
Σ(゚д゚;)丞相がまたいない!!
って探されていたのかも・・・・・・。
三国演義の登場シーンの影響もあり
すぐには連絡がつかないイメージのある孔明先生。
玄徳殿たちの二度目の訪問は何が起きるのか

次回へ続く→→→
本日はここまで!m(__)m@玄子
楽しい週末を~!