文章を書いていて「難しい」と思う瞬間があります。

理想とする文章の姿を100とするならば、60や70にしか感じられないときなどです。

100に到達できない原因は、その都度さまざまです。論理がちぐはぐなときもあれば、よい具体例を示せないときもあれば、気の利いた比喩がひねり出せないときもあります。

そもそも核となるメッセージ自体が脆弱。そんなときもあります。

では、「難しい」と感じるのは、いいことなのでしょうか? それとも悪いことなのでしょうか?

もちろん(と、あえて書きますが)、前者です。

なぜなら、「難しい」と感じるのは、目の前のハードルが見えている証拠だからです。

そのハードルを超えることができれば、確実にいい文章になることが分かっている。

それが「いいこと」ではなくて何なのでしょう。

あとは、乗り越えればいいだけの話です。

私にしてみれば、目の前にハードルがあるにも関わらず、その存在に気がつかずに、ゴールへ突き進んでしまうことのほうがよほど恐怖です。

論理がちぐはぐなまま、具体例を示せぬまま、気の利いた比喩を示せぬまま、脆弱なメッセージのまま、人に文章を届けてしまうのですから。

名編集者である見城徹氏の言葉に次のようなものがあります。

「スムーズに進んだ仕事は疑え」

もちろん、すべてのスムーズが「悪いこと」とは思いません。

いや、できればスムーズに仕事を進めたい(笑)

しかし、目の前にあるハードルに気づかずに、そのままハードルの脇をすり抜けて、ゴールへと突き進む「スムーズ」は危険です。

文章を読む人も不幸ですが、書き手にとっても不幸です。

自分が成長する機会を逃しているわけなので。

あなたが文章を書くときに「難しい」と感じることがあるとしたら、それは、目の前にあるハードルに気づいているからかもしれません。

そのハードルは、あなたが、いい文章を書きたいと思っているから見えたのではないでしょうか。

だから、「難しい」を喜びましょう。

超えられないハードルはありません。

ハードルを超えれば、読者は喜び、自分も成長できます。


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