「結論が書けない(出せない)」のは、「考えていない」からです。

いやいや、考えていますって! でも、どうしても結論を出すことができないんです。

そう反論する人もいるかもしれません。

では、たとえば、あなたがファミレスに行って、何を食べようか迷ったとします。

ああ、どれもおいしそ~。うーむ、でも、決められない。決めるのムリ! 今日は食べるのをやめた!

とはなりませんよね?

もし注文できないとしたら、それは本当に「考えた」ことになるのでしょうか?

答えはノーでしょう。

情報を仕入れることが、考えることなのでしょうか?

情報を並べて見比べることが、考えることなのでしょうか?

あれにしようかな?

これにしようかな?

確かに、そうした「迷いの状況」が、考えるプロセスの一部であることは認めます。

しかし、最終的に結論を出せなければ、本当の意味で「考えた」とは言えません。

結論を出し終えて、初めて「考えた」と言えるのです。

もう少し掘り下げて、考えてみましょう。

どうして結論を出せないかというと、結論を出すために必要な基準をもっていないからです。

◆カロリーが低いものにしよう
◆値段が安いものにしよう
◆お店のオススメのメニューにしよう
◆今日は和食(洋食/中華など)にしよう

これらも基準です。

ほかにも、

◆ほかの人が注文していないものにしよう
◆これまでに食べたことがないものにしよう
◆あえて、食べたくないものを選ぼう(ドM)

これらも基準です。

◆直感で……。

これもまた基準でしょう。

モノサシ(基準)の種類はどうあれ、基準をもつことによって、結論を出せるようになるのです。

もちろん、世の中の出来事は、ファミレスの注文決めほど単純ではないでしょう。

ウン千万円、ウン億円が動くビジネスの案件で、そう簡単にAかBか決められないケースもあるでしょう。

とはいえ、基準がなければ、いつまで経っても結論を出すことはできません。

うーむ、でも、その基準というのが、よく分からないいんです……。

という方は、

まずは、それ(基準)について考える必要があります。

基準を何にするか——それを決めるのです。

逆に、たくさん「基準」をもちすぎている場合は、基準に「優先順位」をつけなければいけません。

明確な基準がある&その基準に優先順位をつけられる人は、他人から結論の理由を聞かれたときに、即答することができます。

もちろん、文章を書くときにも、理路整然と「結論→理由」を書くことができるのです。

あなたは、結論を出すための基準を持っていますか?

その基準に優先順位をつけられていますか?