路上で歌っていたことがある。
もう20年も前の話だ。
4年もの間、毎週、欠かさず路上に立っていた。
ストリートミュージシャンというやつだ。
「よく路上で歌えるね。勇気があるね?」
よく言われたものだ。

なぜ歌えたのか?

「歌が好きだったから」

それもひとつの理由には違いない。
しかし、私にとっては
次の理由のほうが大きかった。

「堂々と表現したかったから」

日常生活では、
堂々と気持ちを口にできない
歯がゆさがあった。

誤摩化したり、
妥協したり、
奥歯に物が挟まったような
言い方をしたり……。

堂々としていなかったのだ、私は。

だから、
「堂々と表現できる自分」を
路上に求めたのかもしれない。

カッコいい
ストリートミュージシャンと
カッコ悪い
ストリートミュージシャンがいる。

その違いはどこにあるのか?

簡単なことだ。
堂々と表現しているかどうか、だ。
少なくとも私は、
堂々と表現している歌い屋に
心を動かされた。

歌やギターのうまい下手は
二の次なのだ。

きっと文章もそうなのだろう。
人の心を動かす文章は、
堂々と書いているかどうかで
決まるものなのかもしれない。

先日、妻(山口朋子)と
「心を動かす文章」について
雑談を交わした。

彼女は間違いなく
「心を動かす文章」が
書ける人なのだ。
私はそれを知っている。

「自分の文章のどこが魅力だと思う?」

私は妻に質問した。

彼女はこう答えた。

「覚悟して書いていること」と。

なるほど覚悟か——。

その言葉を耳にして私は、
20年前の自分を思い出していた。
ヘタクソな歌を
堂々と歌っていたあの頃を。

いい文章とは、
堂々と書かれた文章なのかもしれない。
覚悟のある文章なのかもしれない。

もちろん、これは、
ひとつの解釈にすぎない。
しかし、真実味のある解釈だ。

忘れかけていたものを
思い出させてくれた妻に感謝☆