おとといの夜。


いつものように
両親と、夕ご飯の食卓を、囲む、わたし。
その時、たまたま流れていた
テレビ番組に
家族全員、釘付けになってしまった。


その番組とは。。。
「世にも不思議なランキング
なんで?なんで?なんで?
★日本の航空パニックSP」
で、特集されていた
「東亜国内航空機
羽田空港 片脚着陸事故」


事故のあった航空機を操縦していた
当時30歳という若さの
天才機長、塚原利夫さん

緊急時における冷静さ。。。
緊急時にも関わらず
ハイセンスなジョークを飛ばせる器量。。。
そして
信頼と真心。。。
わたし、テレビを観ていて
大・感・動。。。っ


ウルウルテレビを見終わったあとも
気になって気になって
いろいろと
ググってみると。。。
この番組
見逃した方も
観れるのネ~っ



↓
TBSオンデマンド
http://www.tbs.co.jp/muryou-douga/top.html
放送終了後から
原則1週間、無料~

このブログを読んじゃったひとは
これもナニかのご縁とおもって
ぜひぜひ、動画を、観て欲しいなン~っ




。。。わたしの中で
めちゃめちゃディープな
インパクトを起こした
『奇跡のりんご』の、木村秋則さん
『敵兵を救助せよ!』の、工藤俊作艦長
いずれも
テレビ(ルビコンの決断)だったり
YOUTUBEだったり、といった
再現ドラマでの出会いだったのダケド
こ~ゆ~再現ドラマって
かなり、響くものが、ある



素晴らしい人や出来事の
素晴らしさが
わかりやすく、伝わるから
再現ドラマってありがたいなって
おもいます


しか~し
再現ドラマが観れないひとも
いるかもダカラ
テキストに
まとめてみよぅと
想いまぁ~すっ

(この感動を
みんなに伝えたいカラ~
)。。。と、その前に

ちなみに、わたし
この事故のことは
まったく知らなかったのダケド
大きな感動と共に
ちょっとしたシンクロにも
興味を、もっちゃったりして~ッ


というのも、この事故機
『YS-11』という機体だったらしいのだけど
「YS」は、わたしのイニシャルでもあり
「11」は、わたしの誕生月でもあるの~

これをキッカケに
『 YS-11』のことも
いろいろ調べてみたのだけど
それも、また、
オモシロカッタ~

興味ある方は
コチラも、ど~ぞ


YS-11 復活飛行日本では
戦争で使われた有名な『零戦』と~
(そういえば、まだ、
「永遠のゼロ」観てない~っ

)そして、この『 YS-11』のみしか
航空機の製造は、行ってないらしい。
それというのも
敗戦後、占領下から航空禁止令が布告され
開発製造が、できなくなってしまったり。。。
そして、ようやく日本が
日本製の航空機『 YS-11』を製造できるようになるも
いろいろな事情が重なり
結果、大きな赤字を
出してしまったり。。。
ところで、この『 YS-11』
三菱重工を中心に
製造されたらしいの、ダケド。
要するに。
三菱重工のもとで
産まれたらしい、の、ダケド~。
実は、わたしの両親は
三菱(~自動車の方だけどネっ。)で
働いてる時に、出逢い、結婚し、
わたしが産まれたので
なんだか
ココにも
シンクロを
感じたりして~



(母親が
三菱で働くことになった経緯も
とっても、オモシロイので~
それも機会があれば、書こうカナっ
)。。。と、まぁ
わたしらしく
シンクロ女王っぷりを楽しみつつ~



動画が観れない方は
テキスト、ど~ぞ





伝説として語り継がれる
天才機長が起こした奇跡。。。!!
国内線で起きた絶体絶命のピンチから
生還できたのは、なんで?


これは、実際に日本で起きた
飛行機事故である。

1979年7月20日
事故当日前夜
突然の欠員により
急遽フライトを任された
塚原機長。
翌7月21日
午前8時、快晴。
381便機内では
フライト前の確認の
ブリーフィングが行われていた。
パイロット歴5年の、若き機長、塚原利夫(当時30歳)。
大学在学中に、プロライセンスを取得。
25歳という異例の若さで機長になった
エリート機長だった。
副操縦士・栗原(仮名)
「今日は、
出発地の東京も
目的地の南紀白浜も
天気良好。
航路上の気流も、問題ありません。
あと、貨物室に危険品として
放射線物質の
医療用アイソトープが積まれています。」
塚原機長
「了解しました。
整備の方は、どうですか?」
整備士(?)
「コンディションは、正常。
まったく異常はありませんでした。」
塚原機長
「了解!
それでは皆さん
良いフライトにしましょう!」
午前8時38分。
東亜国内航空381便
YS-11機
南紀白浜行き
飛行時間、78分(予定)。
乗員乗客71名を乗せて
羽田空港を、離陸。
夏休みに入って最初の土曜日。
普段はビジネスマンの姿が目立つこの便も
家族連れ、女性同士、カップルなど
観光目的の乗客が多く
なごやかな雰囲気だった。
その中にはあの大女優の姿も!!
当時28歳。
国民的人気を誇った女優・由美かおるさん。
白浜でのテレビ撮影の為
搭乗してていた。
快適な天候、サービス、フライト。。。!
この381便が
わずか数分後
悪夢に見舞われるとは
この時、だれも知る由はなかった。
離陸からわずか8分
ひとつの、小さな、異変が。。。
塚原
「あれ?おかしいな?」
副操縦士
「どうしました?」
塚原
「このランプが消えるのが
少し遅かったような。。。」
機体には、離着陸に使用される
3つの車輪がある。
車輪が、すべて格納されると
コックピットの左車輪、前車輪、右車輪のランプが
3つ、同時に消える。
ところが、左車輪のランプが消えるのが
一瞬だけ遅かったことを
塚原は、見逃さなかった。
普通なら勘違いで済ませてしまう
わずかな、違和感。
しかし。。。
塚原
『やはり、気になる。。。
もう一度車輪を出し直してくれ。
念のため、今、確認しておこう。
あとで発覚すると
取り返しのつかないことになる。』
塚原は、今すぐに
車輪を確認することに。
塚原の慎重な性格のせいもあったが
目的地の、南紀白浜空港は
当時、滑走路が短く、周りは断崖絶壁
整備資材も、羽田より、少ない。
万が一、南紀白浜空港で緊急着陸となると
リスクが高いことを
塚原は知っていたのだ。
年齢は若くても、
フライト経験が豊富な
塚原ならではの、判断。
副操縦士の栗原(仮名)は
指示された通り、再度車輪を出し
格納作業を行った。
悪い予感は、的中。
左の車輪のランプが、つかない。
左の車輪が、降りていない。。。!!
左の車輪が降りないままでの着陸は
大きな危険をともなう。
なんとしてでも、
左車輪を、
出さなければ。。。!!
不安をいたずらに煽るだけなので
乗客へ知らせるのは
故障が確定してからだと
塚原は考えていた。
ところが。
機体の下では
車輪の上げ下げが何度も繰り返されていたため
座席の下から聴こえる
異常な機械音に気づいた一部の乗客は
不安がっていた。
コックピットを訪れる、CA
CA
「失礼致します。
先ほどから車輪のアップダウン音に
お客様が不安がっております。
何かあったのでしょうか?」
塚原
「車輪の上げ下げが上手く行かないので
確認している。」
CA
「一部のお客様はお気づきのようです。
アナウンスは、どうされますか?」
塚原
「なるだけ早くアナウンスを入れましょう。
キャビンに戻って待機していて下さい。
それと。。」
CA
「何か?」(笑顔*)
塚原
「それです!
その笑顔で
お客様の不安を
取り除いてあげてください」
その後も、チェックリストに従い
何度も確認するも
左車輪は、一向に、出ず。。。
塚原は、羽田管制塔に
引き返すことを、連絡。
羽田に向かい、機体を大きく、旋回させた。
すると、客室からは
何が起こっているのか!?と
さらなる不安の声が。。。
CA
「機長、もうこれ以上はごまかせません。
何か別の理由をお客様に説明して
この場をしのがないと。。。」
別の理由をアナウンスして
その場をしのぐ。
乗務員は、皆、そう思った。
しかし。。。
塚原
「皆様、ただいまこの機体の
左車輪の上げ下げをする装置が
故障した模様です。」
塚原の言葉に
乗客はもちろん、
乗務員も、驚いた!!
塚原
「羽田空港に引き返すことに致しました。
これからいくつかの方法を試してみる予定でおりますが
最悪の場合、緊急着陸の可能性もあります。
出来る限りの手段を尽くしますので
どうぞ、私どもを、ご信頼くださいますよう
お願い申し上げます。」
突然の故障、緊急着陸のアナウンスに
客室は、パニックに。。。!
乗客が騒ぎ出すのをわかっていて
なぜ、塚原機長は
ありのままを伝えたのだろうか?
機長本人に、伺った。
塚原利夫さん
「一度でもお客様に不信感を持たれてしまいますと
あとでどんな努力をしても
なかなかその信頼を回復できません。
ここでお客様の信頼を勝ち取ることができなければ
万が一、着陸がうまくいっても
飛行機から脱出する時に
押し合いへし合いのパニックになる。
乗務員の指示に、従って頂けない。。。」
一度でも嘘をついてしまえば
乗客との信頼関係がなくなる。
信頼関係こそが
この機を、無事、地上に降ろすのに
もっとも大切だと
塚原は、考えていた。
その時。。。
羽田管制塔
「381便、381便
緊急着陸の準備ができました。
どのタイミングで着陸しますか?」
すぐに緊急着陸に入る。
誰もがそう思っていた。
ところが。。。
塚原
「いえ、留保します。
最小燃料で着陸したいので
それまで、考えうるすべてのことを実施します。
管制のご協力をお願いします。」
381便は
往復(約3時間)できるほどの
大量の燃料を積んでいたため
緊急着陸で燃料に引火、大惨事の危険性がある。
塚原は、上空で旋回し
燃料タンクをギリギリまで消費して
少なくしようと考えたのだ。
次に
塚原がしなくてはならないのは
車輪の格納トビラの状態を
正確に、把握すること。
車輪が降りないことはわかったが
格納トビラは、開いているのか?
もし、トビラが開いていてくれさえすれば
手動で、車輪を降ろすことも、できる!!
トビラが開いているかどうかは
目視で、確認するしか、ない。。。
塚原
「管制塔。
今、近くで飛行している機体はありますか?」
羽田管制塔
「それですと、大分から羽田に向かっている332便です。
伊豆大島方向から、飛行中ですが、
それが。。。?」
ここで塚原は
とんでもないことを
口にする。。。!!
塚原
「編隊飛行で
格納庫を確認させて下さい!」
副操縦士
「機長!!編隊飛行するんですか!?」
塚原
「もう一機の旅客機に
編隊飛行してもらって
直接、見てもらおう」
副操縦士
「本気ですか!?」
編隊飛行とは、複数の飛行機が並んで飛行すること。
もちろん、旅客機同士の編隊飛行は、例がない。
まさに、前代未聞の試み。
並走する旅客機が近づいたところで
左車輪のトビラがよく見えるように
381便の機体を右に傾け
目視確認してもらう、という作戦だ。
しかし、332便も乗客を乗せている。
すこし間違えば、上空での接触という大事故。。。
332便は、
乗客の安全を第一に優先させた上で
381便まで出来る限り近づき
確認を、行った。。。
右へ大きく、傾く、機体。
悲鳴をあげる、乗客。
しかし。
格納庫のトビラも
開いていなかったのだ。
塚原
「最悪の事態も覚悟してくれ。
。。。プラスマイナスのGをかけながら
車輪降下の操作をする!!」
プラスのGとは、
機体を急上昇させることにより
圧力をかける方法。
マイナスのGとは、
機体を急降下させることにより
圧力をかける方法。
。。。車輪がでる可能性は、低い、
それでも塚原は
この方法に、賭けた。
しかし、大きな問題点があった。
それは、乗客の恐怖。
無重力にもなるこの操縦は
乗客がパニックに陥る可能性が。。。!
車輪を出す為に、必要な操縦。。。
71名全員が、無事地上に降りるには
乗客と、心をひとつにさせることが
不可欠と考える、塚原。
そこでとった塚原の行動は
常軌を逸していた。
塚原
「すまん、栗原。
この先の操縦を、頼む!!」
副操縦士
「機長!!どこへ!?」
問題が発生している便の機長が
操縦席を離れる。。。!!
突然、コックピットを離れた塚原が
向かったのは、客室だった。
塚原はしばらく乗客の顔を
ただただ眺めていた。
そして、おもむろに座り込むと。。。
塚原
「しばらく荒い操縦になりますが
ご安心下さい。」
すべての乗客の目をみながら
ひとりひとり、状況を説明してゆく。
乗客が安心しなければ
乗務員の指示は、受け入れてもらえない。
パニックになり、秩序が乱れれば
無用なけが人を出す事にも
なりかねない。
いま、大切なのは
乗客一人一人から信頼を得る事、と
塚原は考えたのだ。
女優・由美かおるにも
「だいじょうぶですか?」と、声をかけると
「だいじょうぶです」と、笑顔が返ってきた。
塚原
「安心して下さい。
必ず無事にお届けいたします!」
由美かおる
「よろしくお願いします*(笑顔*)」
しかし、若過ぎる塚原に
『お前じゃハナシにならん!
機長を、出せ!!』
と、詰め寄る乗客も。。。
塚原
「わたしが、機長です。
安心して下さい。必ず、無事に、お客様を地上に降ろします。」
丁寧に説明してまわったが
塚原が若いせいもあるのか
全員が納得したとも
いえない状況だった。
そこで、コックピットに戻った塚原が
次にとった行動は。。。
塚原
「山下さん(←CAの名前)
お客様を一組ずつ
こちらに連れて来てもらえませんか」
耳を疑う、CA。
東亜国内航空では
ハイジャック防止のため
乗客が操縦室に立ち入る事は
固く、禁止されていた。
塚原の指示に従い
コックピットへと
乗客が、案内されると
そこには、信じられない光景が。。。
塚原
『ようこそ!コックピットへ!』(笑顔*)
この非常事態にもかかわらず
コックピットでは
お茶とクッキーを片手に
暢気に、ティータイム~♪
自分たちがリラックスしている姿を見せる事により
今が、それほど危機的状況ではない、と感じさせて
安心させようという
塚原の狙いがあったのだ。
塚原
「せっかくの機会なので
コックピットを見ていただこうと思いまして。
実はこちらのランプが
点灯しなくなったんです。』
そこには、塚原の
もう一つの狙いがあった。。。
それは、操縦する姿を
見てもらう事。
操縦しているありのままの姿を
見てもらう事こそが
乗客にとって
一番の安心材料になると思ったのだ。
次々と、コックピットに招かれる客。
(この時、記念撮影をするお客さんまで
いたらしい~*笑*)
機長を出せ!と詰め寄ったお客様も
スゴいな~!と感心し。。。
『俺には、飛行機のことは
よくわからん。
でも、安心したよ。
あとは、機長さんに任せる。
よろしく頼む!』
と。。。
そのときの様子を振り返った
塚原機長自身が、こう語った。
「頑張って下さい、という言葉を頂いたのが
かえってそれが私どもを勇気づけられましてね。
エネルギーを頂いたような氣になりまして。
たいへん、私自身が、自分を取り戻すことが、できた。。。」
乗客の安心、信頼を得た。。。!!
こうしてお客様との
信頼を築き
いよいよ次なる作戦
急降下&急上昇を
実行に移すことに。
そしてここで
いまだ語り継がれる
塚原の伝説のアナウンスが
機内に、流れる。。。!!
塚原
『ご案内申し上げます。
これより最後に残された
脚下げ操作を行いたいと思います。
つきましては皆様には
これからジェットコースターに
1~2分の間、お乗り頂くことになります。
迫力があり、充分に、お楽しみ頂けるとおもいます。
本日は、特別に、無料サーピスです。
それでは、座席ベルトをしっかりと、お締めいただき
存分に、お楽しみ下さい。』
絶対的ピンチを
ジョークにして
乗客の不安を取り除いた。
この一見突飛な塚原の行動は
いまの危険な状況を理解しているはずの
乗務員たちですら
魔法に、かけたという。
塚原は、このときをこそ、待っていた。
作戦、決行。
機体は、激しく、急降下&急上昇。
。。。が、無情にも
左車輪は、びくともしなかった。。。
塚原
「ここまでやったら
もう、肚を決めよう。」
副操縦士
「ということは。。。」
塚原
「管制に、緊急事態を宣言!
これから、緊急着陸に、移る!」
緊急事態の宣言とともに
羽田空港は、閉鎖。
すべての離着陸が、中止。
厳戒態勢がとられた。
マスコミもつめかけ
その時を、待つだけとなった。
緊急着陸といっても、状況によって、さまざま。
381便の場合、選択肢は、2つ。
胴体着陸か、片脚着陸か。
胴体着陸とは
車輪をすべて格納庫にしまい
通常の着陸と同じように滑走路に滑り込んでゆく方法で
比較的、難易度は、低い。
片脚着陸とは
前輪と、右車輪のみで着陸する方法だが
通常とは異なる特別な操縦法が必要で
バランスを崩し
大惨事につながる可能性も、高い。
どう考えても
片脚着陸は、避けるべき。
しかし、塚原は。。。
塚原
『片足着陸で行くぞ!』
副操縦士
『キャプテン!
どうしてですかっ!?
どうして、
胴体着陸じゃ、
ないんですかっ!?』
塚原
『君が、言ったんじゃないか。』
副操縦士
『えっ!?』
塚原
『忘れたか?
ブリーフィングの時。。。』
出発前、機長に報告される
膨大な情報。。。
その1つを、塚原はこの緊急時でも
忘れていなかった。
塚原
『貨物室に、アイソトープを積んでいる。
胴体着陸は、危険だ。』
381便の貨物室は
機体の下にあり
そこに放射線物質が積まれていた。
胴体着陸の衝撃で貨物室が破壊されると
大惨事に繋がる可能性がある。
こうして、片脚着陸を選択すると
塚原は、マイクをとった。
乗客との信頼関係は、築けている。
安心させるための嘘は、必要ない。
塚原
『ただ今より
当機は
片脚のまま
緊急着陸を行います。
当機は
片脚のまま
緊急着陸を行います。』
機内に、アナウンスが、何度も、響きわたる。
騒ぎ出す乗客は、ひとりもいなかったという。
そして、ついに、
片脚のままでの、緊急着陸。。。!!!
絶妙の操縦バランスで
滑走路に入る塚原。。。!!
左に傾いてゆく機体。。。
まっすぐすすむようにと
全力で、右へ、舵をきる塚原。。。
と、そこで、大きな障害が。。。!!
左の翼を
地面にこすりながら進んだため
滑走路からはずれ
左へ左へと機体がすすんでしまった。
そして、その先に
排水溝用の、溝が。。。!!
このままでは
排水溝の溝に
前輪がひっかかり
機体が、大転倒してしまう。。。!!
その時、塚原は。。。
『左に、切れ!!!!』
操縦桿をあえて左に切り
機体を、左方向に、曲げたのだ。
左へ突き進む力に
さらに、左の力が加わったことにより
機体が半回転し
機体は、見事に、停まったのだった。
塚原の0コンマ何秒の判断が
大惨事を防いだのである。
冷静な判断と
確かな技術が起こした、奇跡。
午前11:40
羽田に、無事、緊急着陸。
片脚着陸という難易度の高い着陸方法でありながら
乗客乗員71名、全員の命が救われた。
国内のみならず
海を超えて報道され
日本のパイロットの操縦技術の高さに
世界が驚いたという。
原因は、整備不良による部品の破損だった。

壮・絶・な・
生・還・劇。。。


この時の状況を
のちに語った
女優・由美かおるのコメントがまた
オモシロイ~っ


由美かおる
「乗員のみなさんが
丁寧に落ち着いて対応してくれたので
わたしは心配せず、途中で、居眠りもしました。
滑走に入ってからは、まったくいつもと変わらず
車輪が出ているのかな~?
とさえ、思いました~。」
よ・ゆ・う・シャクシャク~っ

大物感、たっぷり~


そして、事故直後の会見での
塚原さんのコメントがまた
スゴい。。。
塚原利夫さん
「車輪が出ないという状況がわかってから
着陸まで約3時間少々ございましたので
万が一緊急操作をしても出ない場合には
最終的には、これは緊急着陸になるのではないか、ということは
あらかじめ考えつつ、操作を行っておりましたので
特段の、その~、ま~ひとつの心理的圧迫というのは(ここで、笑顔!)
感じておりませんでした。」
生死がかかったこの状況で
なんとも、冷静なっ


そして。。。


あの生還劇を成し遂げたのは
自分の操縦技術でも
そして、
奇跡でも
ありません。
ただ自分たちを信頼してもらおうと
努力した乗務員
そして
ただ自分たちを信頼してくれたお客様
381便の中で生まれた
あの絆こぞが
71名の命を、救ったのです。
by 塚原利夫

