【きんのすけ パパイヤガジローに絡まれる】
今年の夏の地下鉄は蒸し暑い。
関西電力からの10%節電対策によるものだろうか。
この日も暑い日だった。
私は、仕事を終えて副業でサポートしているお客さんの所に向かうため、地下鉄に乗った。
朝の9時から夜の19時20時まで正業を働いて、その後で副業の顧客の所に向かう。
ほとんどの仕事が、小一時間二時間で片付いてしまう。
だから平日のバイト代は5000円プラス交通費。
パソコンが壊れて入れ替えをしたり、メールが飛ばなかったり、ソフトの設定や使い方の教育、土日を使う仕事ならプログラムを組んだり、ネットワークを構築したり、ホームページも作っている。
今の本業とは微妙に関係ない仕事ばかり、いや、逆にこれをすることによって最新のコンピュータ事情や本業とは関係ない部分の経験や知識、スキルを維持し続けられるのでそう言う意味でも貴重な副業なのだ。
昼休みに打ち合わせと段取りを決めて、夜か土日で対処する。
それが理解できる顧客(当然小さな会社が多い)ばかりで、結構重宝してもらっている。
そりゃそうだ、普通に企業に頼むと4万7万とかかるような仕事を5000円から2万円ほどでちゃっちゃとやってしまうのだから。その代わりトラブルの時は時間的な問題を我慢してもらうわけだ。
そんな顧客が8社もある。不況で安月給の私にはありがたいことだ。
乗った地下鉄は谷町線と呼ばれている。
スポンサーのことを「タニマチ」なんて呼びますが、まさにその「谷町」のことです。
明治の最初に大阪の医者や呉服問屋が相撲力士にタダで治療したり私設の土俵まで作って下っ端の力士に貸したり、そんな粋なお金持ちがこの谷町に住んでいたので「タニマチ」と呼ばれるようになった。
そして、副業先に向かうべく「谷町6丁目」(通称タニロク)から電車に乗り込んだ。
中は超弱冷で蒸し暑かった。
私は入口を避けて少し奧に入り、吊革に掴まって電車に揺られることにした。
地下鉄の中は会社帰りのサラリーマンでそこそこ混んでいた。
私はいつものように暇つぶしに、社内の吊り広告を右から左へとぐるっと見渡した。
そして入口付近の広告を見たときに、その男と目が合った。
そいつは小柄な男だが、夕方遅くの地下鉄にはひどく不釣合な服を着ていた。
青いニッカポッカに白い長袖シャツ。黒いカバンを又に挟んでこちらを見ていた。
佐藤蛾次郎とパパイヤ鈴木を足して2で割ったような顔つきと髪型。
その男が急に、私に向かって大声で叫んだ。
「おい、そこのおまえ」
まさか私とは思わない。
「そこの黒いズボンのおまえや」
黒いズボンで(ひょっとして俺か)と思った私は、再びその男の方を向いた。そして目が合った。
「せや、オマエや。お前今俺にぶつかったやろ!」
(・・・・何言うとんねん・・・パパイヤガジローみたいな顔して・・・)
「オマエや、今さっき俺にぶつかったやろ言うとんねん」
私とパパイヤガジローとの間にはOLが二人。
私は周りを見渡して、やっぱり俺に向かって言っているのかを確認しながら答えた。
「おっ・・・俺のことか」
「そうや、さっきからオマエや言うとうるやろ、なにぶつかっっとんねんコラ!」
(なんでおれやねん、こんなん当たるんやったら宝くじ当たってくれや・・・)
「ぶつかった?俺が?今?」
どう見ても距離は2,3m離れている。
「何ボケたことぬかしとんねん、今あたったやろ、暑さでボケとんとちゃうんか」
暑さでボケるを先に言われた私は、やられた!と苦笑した。
しかしこの時点で、最悪はなんとかなるなと計算が出来たので心に余裕が出てきた。
「いーや、当たってないけど」
「おまえ当たったことすらワカランのか!ほんまボケまくっとおんのお」
車内でみんなの目が二人に注がれて、少し恥ずかしかったが、図太いほうの私はこのゲームが退屈しのぎになったので、続けることにした。
既に刃物も持たずに、こちらに向かってくる気配もなく、私は乱闘になっても相手には勝てる自信が出来ていた。
(ボケはおまえやろ)
とは言わない。
いくらパパイヤガジローでも狭い電車で挑発はしない。わたしはのらりくらりと答えた。
「俺当たったっけぇ・・・ほんまボケたかなぁ・・・」
「何笑ろとんじゃ、俺は真剣に言うとるんじゃ」
(真剣にボケとるな)
「いーや、笑ろうてへん」
「笑ろとったやないか、なめとんのか。ほんま暑さでボケまくっとんのぉ」
私は、このやりとりの先をどう処理しようか考えていた。
このまますっとぼけるのも、周りの迷惑を考えたら仕方がないし、
パパイヤガジローに近づいていって、ゆっくりと肩に手を賭けてそのままヘッドロックをしてもいいし、
正面からド突きまくってもいいし
一緒に電車降りて痛い目に合わせてもいいし・・・いやこれはアカン、客先に遅れる。
先に降りるようなら「電車賃払ったるから平野まで乗ってこいや」と言ってやろうかな・・・。
一体どうしたものか、真剣に悩み出した。
「いつまでニヤけて黙っとんねん。俺は真剣に言うとるんやぞ」
こんなこと真剣にって・・どうするか悩んでいる最中だったので適当に答えた。
「あー、ひょっとしたら俺が乗るときに当たってんやろか」
「何、ぬかしとんねん。今あたった言うとるやろ」
(こいつ、なんか嫌なことでもあったんか・・・普通この格好で急な移動以外は電車には乗らんし、仕事首にでもなったか)
そう思うと、ちょっと可哀想になってきた。そして面倒くさくなってきた。
「俺は当たってないけど・・・・どうする?」
「どうするって、何ボケとんねん、ほんまに、これやから大阪のやつは・・・」ブツブツ・・・
(いじけだした・・・なんかあったんかいな・・・大阪のやつはって・・・お前もバリバリ大阪弁やないか)
もう周りの人は笑いをこらえている。
私はこの流れのオチをどうしようかと悩んでいた。
謝る理由が全くないので、やけくそにもなれず謝ることもできずに困った。なんかオチをつけんとカッチョ悪いやんけ。
と、思っているうちに電車は天王寺に着いた。
パパイヤガジローは、何だかブツブツいいながら電車を降りてしまった。私はさらに5つ先の平野駅までだ。降りたパパイヤガジローとは目を合わさなかった。捨て台詞を言われると気が悪いからだ。
俺はこの件にオチが付けられなくって、ひどく不機嫌になってきてしまった。
電車は相変わらず蒸し暑い。
俺は、誰かに絡む事にした。
(もちろん電車ではやらない、うちに帰ってから・・・)
おいこら関電!
おまえさっきぶつかったやろ!
原子力推進ばっかりやっとらんと、その間に「ソーラーなど自然エネルギーに転換させる努力をしてまいります」ぐらい言わんかい
暑さでボケとんとちゃうかぁ
