原作者は「血と骨」で有名な梁石日(
フィクションであるのにみんなノンフィクションとして捉えてしまう映画ですね。
事実として心臓移植がタイで行われていることは無いといわれています。しかし幼児売買春は実際にあると聞きますので、そういう意識で見ていました。
日本人がこういった売春に関わる。たとえタイであろうと日本国内であろうとどんな人間であろうと組織であろうと小さな子供の将来を摘み取ってしまうような行為はやめて欲しいものです。
江戸時代などでは、生活の為に子供を売る。ひょっとすると売られるのはまだましで生まれたての赤ちゃんを間引いてしまう。ということは実際にあったようですね。
若い時に自分の田舎の家系を調べていたのですが、私の家はどうやら鎌倉時代辺りからあったみたいで、家系図はツリー状に書かれていますよね。虫を食った古い紙を見つけて驚いたのは、沢山の枝が途中で途絶えていたことです。名前の上に線が引かれており「この人は死んだのだろうか」と考え込んでしまいました。
(そりゃ色んな死に方もあるだろうけど、こんなに沢山死ぬのはおかしいよ・・・)そう思って見ていました。
貧しかったとおじいちゃんから聞いたこともあり、俺の先祖の人も人身売買で売られていった人生を送った人がいるのかなあ…と思ったものです。
売春というものは、社会的にはいけないのでしょうが、私の感覚は人から批判されるべきものでしょうが、生きてゆくには仕方のない手段と捉えています。もちろん無いことに越したことはありませんが、昨今では、贅沢をしたいから売春を行うなど、行為に対してアッケラカンとした女性も居るわけでそういう人はともかく、何かが原因で無理やり人生を曲げられたかどうかという経緯には問題を感じます。しかしどん底に落とされた人が現実の中で生きて行くための手段としての売春自体は…どうなんだろう…と思っています。こんなこと書くと何か言われそうですが…。
私は、売春よりも、振り込め詐欺や出会い系の業者やさくらのほうが遥かに重い罪を科して然るべきと思っています(もちろん未成年に売春を強要するのは許せません。絶対にダメです。ここで言っている売春は自ら生きるために体を張っている人のことです)。人の優しい心や淋しい心の隙を突いて騙し取る。これほどの悪質な犯罪は無いのではと思います。
一時期はおじさんの集団売春ツアーが流行って問題になっていましたが、今でもあるのでしょうかね。
タイではさすがにこの映画は放映されていないそうです。(事実の誤解を招くという理由)
映画の最後の桑田佳祐さんの曲 「現代東京奇譚」 は大好きな曲ですね。こんな詩が書けたらなぁ……と思います。
♪♪
明日の行方も知らない羊達の群れ
都会の闇に彷徨い身を守るだけ
娼婦(はな)が無常に散った日も顔を背けるようにして
傷ついた者だけを置き去りにした
街の灯りに佇む欲まみれの亡霊
笑みを浮かべた狼が手招きしている
飼い慣らされた僕は一人じゃ立てそうもない
川は流れ ただそれだけを見つめるばかり
淋しくて淋しくて魂(こころ)に死化粧
忘られぬ面影が逝くなと呼び止める
愛し合う悦びをもう一度噛みしめて
この頬を濡らすのは熱い一筋の涙
人間(ひと)はあてなき旅路に疲れ果てたまま
己の仕掛けた罠に堕ちてゆくのね
幼き日見た夢が全て嘘と言うのなら
世の中は裏表 何故か教えて
階段を下りるように沈む夕日を見て
やるせない運命(さだめ)だと言うのは易いけど
生まれくる子供らに真心を伝えて
この胸に響くのは母の大切な言葉
淋しくて淋しくて魂(こころ)に死化粧
今は亡き面影が泣くなと呼び掛ける
愛し合う悦びを誰かと分かち合い
この命燃やすのは赤い血の如き涙
♪♪
大人になって、その人がどういう人生を送るかは、その人の人生と運命なんだからとやかくは言えませんが、子供が生きてゆく夢や未来を大人は出来るだけ頑張って邪魔をしないように、助けてやらないと駄目ですよね。
たとえ自分が犯罪者になってしまったとしても、子供が失望してしまっても、必死で真心を伝えてやると、子供は苦しい中でもなんとか生きてゆくのではないでしょうか。
映画とは少し逸れてしまいました。
キャスト
南部浩行:江口洋介
音羽恵子:宮崎あおい
与田博明:妻夫木聡
梶川克仁:佐藤浩市
梶川みね子:鈴木砂羽
清水哲夫:豊原功補
チット:プラパドン・スワンバーン
ナパポーン:プライマー・ラッチャタ
梶川翼:田畑弦
土方正巳:塩見三省
大山:外波山文明
矢田:三浦誠己
スタッフ
監督・脚本:阪本順治
原作:梁石日
企画:中沢敏明
エグゼクティブプロデューサー:遠谷信幸
プロデューサー:椎井友紀子
音楽:岩代太郎
撮影:笠松則通
製作者:気賀純夫、大里洋吉
主題歌
桑田佳祐「現代東京奇譚」
