星島貴徳被告 判決「無期懲役」は妥当か |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

(1月13日記載、14日改変、15日後記、26日27日追記、2/18日追記、9/24追記)


★★★★★★★追記★★★★★★★

2009年9月24日

 東京都江東区のマンションで会社員東城瑠理香さん=当時(23)=が殺害された事件で、殺人や死体損壊などの罪に問われ、一、二審で無期懲役の判決を受けた星島貴徳被告(34)について、東京高検は上告期限の24日、上告しないことを明らかにした。無期懲役が確定する。
 無期懲役とした一審判決に対し、検察側が死刑を求め控訴していたが、東京高裁は10日の判決で「矯正の可能性がある」として控訴を棄却した。
 渡辺恵一東京高検次席検事の話 明確な上告理由はなく、上告はしないこととした。

【時事通信】


 とうとう星島被告の「無期懲役」が確定しましたね。死刑には至りませんでした。

 被害者親族や関係者の方々はさぞ無念でしょう。星島被告の親は何とか生きているということは親の心としてはどうなのでしょうか…。

 「矯正の可能性

 私の正直な本心は、あの殺し方をする人間に矯正の可能性が本当にあるのだろうか…。です。

 いや、矯正の心はあるでしょう。普通に生活をさせても、きっと普通に生きるでしょう。

 しかしあそこまでの殺し方をする人間に矯正が可能でしょうか。

「ハンニバル」ではなく現実です。アフリカの紛争で人を殺す青年が、この事件の光景を見たら驚くでしょう。意味合いが全然違うと思います。

 あそこまで冷静に人を殺すことが出来る。そしてそれを一度経験してしまった。

 

 人間の心理というものは客観性があるようで無いものだとおもいます。

 誰しも理性と道徳・倫理で状況を判断しようという能力は持っているはずです。しかし、状況の客観的把握は個人の意識知識の中で判断するわけで、さらに自信がなければ周りの決断や行動に合わせようとするわけですよね。

 一人しか居なければ、しかも相手が弱者とわかれば恐ろしい行動に出る人は沢山いるでしょう。まして集団ならば、日本の軍国主義、ナチスのジェノサイド、アフリカなどで起こる大虐殺。

 ルワンダでは1994年にラジオ放送だけで人間の心理がゆがみ数週間で80万人が死ぬ事件もありました。

 理性と道徳・倫理を植え付ける為には、やはり教育が重要だと思います。


 しかし、星島被告は……

 本当に矯正が可能なのだろうか…私の頭の中でこの言葉が木霊した。



★★★★★★★追記★★★★★★★

【2/18】

 本日、星島の判決が出されました。

 「無期懲役」

 私は死刑では軽いと言ったが、改めて日本の無期懲役について考えると不安になりました。

 日本の無期懲役は最短で10年で仮出所ができる

 (ただし一生保護観察付き)

 通常は20年を越えなければ出られないのが現状です。

 (有期懲役は、加重(かちょう)犯(併合罪など)で最長30年。)


 終身刑ではないのだ!(厳密には相対的終身刑)


 海外では、日本の無期懲役にあたる相対的終身刑と、恩赦が無い限り出られない絶対的終身刑があります。

 (アメリカ、イギリス、中国など)

 仮出所は、「悔悟の情」「改善更生の意欲」「再犯のおそれ」「社会の感情」を総合的に判断」して決められるらしい。しかし再犯の恐れについては以下に説明します。

 以下は法務総合研究所による「犯罪白書」(2007)によると、

 性犯罪の前科がある人の出所後の再犯率は、
 性犯罪が28.3%
 性犯罪以外が32.3%
 もあります。
 これだと出所者の2/3が再度何らかの犯罪を起こしていることになるのです

 執行猶予者 の性犯罪の再犯は わいせつ罪が62%を占めるのに対して、
 受刑者 が出所した場合の再犯は 単独強姦が37.8%、集団強姦が25.1%も占めます

 「再犯のおそれ」の判断は妥当なのでしょうか。

 どうして、日本には死刑があるのに、絶対的終身刑がないのでしょうか・・・。

 無期懲役の囚人数は、2006年で1596人
 仮釈放者
 2002年 6人(一人だけ18年、他20年以上) 
 2003年 14人(全員20年以上)
 2004年 1人 (全員20年以上)
 2005年 10人(全員20年以上)
 2006年 3人 (全員20年以上)
 2007年 1人 (20年以上)
 1993年に11年で仮釈放された例がある。
 1995年までは14,5年で仮釈放されていたが、1996年~1999年までは18年、2003年以降は20年未満で仮釈放された例はない。

 (矯正統計年報)

 絶対的終身刑というのは、死刑よりも重いものです。

 現在の日本の判例からは、一人だけを殺した場合は死刑が適用されたことがないと聞きます。


 私は、星島が簡単に自ら「死刑にしてください」と言った事が引っかかっている。

 思慮熟考、慎重さ、真摯さの足りないこの言動。検察官に「黙っていなさい」とも言われた。

 この感覚で女性宅に進入して、この感覚で人をばらばらに刻み込み、この感覚で自らをごみに捨てる物のように検察官の答弁を無視して喋った。心の中は犯行時と全く変わっていないし直ぐには変われない。

 例え本人が本当に反省していても、本人には悪いけど社会として甘やかしては駄目なんだ。恨みがあっての復讐とかではなく、何の因果関係もない人を突然に殺す事件が増えている。それに対しても、皆がもっと怒りを露わにして訴えないと、このような犯罪が減らないよ!そういう意味もあって極刑(私は日本に無い絶対的終身刑)であるべきだと思います。

 もう、自分の人権や意見を述べられる立場ではないはずだ。


 絶対的終身刑が無いのなら、無期懲役では甘すぎる。

 20年後にのこのこと出てきて欲しくは無い。


 遺族だってそう思っているはずだ



【27日】

★★★★★★★後記★★★★★★★


 判決は2月18日ですか・・・。


 映画「ショーシャンクの空に」で演じるモーガンフリーマンを見て欲しいね。数年に一度、検事が「あなたは反省しましたか?」とモーガンフリーマン演じるレッドに問いかけます。その時にレッドが答える言葉の変化を見て欲しい。

 

 簡単には死なせてはいけないと思います。検事は星島を反省できる人格ではないと判断しての死刑でしょうが、人に戻して、人としてどれだけのことをしてしまったか自覚して、罪の深さに恐怖してもらってからでないと…。

 殺した人の夢や希望、幸せを奪ったということは、死ねばいいということでは片付きませんよ!

 自分自身までもがタダの固体のように考えている。


 最近、星島ほどまでは行かないけれど、何と言いますか、ロボットのような人?器を大きくも小さくも変化させようとしない人?会社の正社員でも派遣社員のような考えをしている人?…なんと言えばいいのでしょうか、そんな人が目に付いて…大体30から40前半の人のなかで目に付いて気になります。(事件とは直接関係ないけれど…)



 いったいどんな判決が出るのでしょうか…。



【1月26日】

★★★★★★★後記★★★★★★★


 とうとうこの事件は死刑が求刑されました。

 最後まで罪を認めようとはしなかった。最後の最後まで人の死を虫けらの様に扱って無視し続けて、自分を守ることに拘った

 ふてぶてしいか……。むしろ逆です。

 恐ろしいほどの蚤の心臓。しかし、自分自身の心を「無」にすることは出来た。心を殺す。それは生い立ちと関係があるかもしれません。自分に衝撃を受けないようにする術。逆を言えば幼少の頃に自分の心を殺さなければ人格を保てなかったような事件があったのかも。

 幼少の時に、大人に向かって助けを求める。しかしそれが大人の耳には届かなかった!

 

 もし、そのようなことがあったなら、同情はしませんが悲しいことです

 

 私の知っているアメブロガーでもありました。幼少の頃にとある事件で母に助けを求めた声が届かなかった。その娘は自閉症ぎみに育ち、セックスの玩具にされ、しかし、最愛の主人をみつけ子供も産み、幸せを掴もうとしていました。ところが、ある日突然、首を吊って亡くなりました。「自殺なんて…」と言いますが、私にとってこの自殺は悔やまれます。きっと人並みの世界にまで這い上がった時にふっと気を緩めた瞬間に魔が刺したのでしょう。この人と星島では人間として雲泥の差がある。


 人間が幼少の時に受けた衝撃や人生のハンディを解消させられる方法は無いのでしょうか。こう書きながら自分自身でもその方法が思い浮かばない。自分自身が自分に強く、または、人に迷惑をかけずに気楽に生きてゆく。それしか言えないですが、それでも周りから強い妨害が入ってくる。それを交わしきれない不器用さ、交わし方を間違える判断。

 夢、夢を持つ。小さな夢は叶え易いけど、敵わずとも大きな夢を一つだけ持っておく。辛い時や絶望を感じた時、誤った行動・判断をしそうな時に大きな夢が助けてくれるかもしません。

 どうでしょう、私のレベルでは大したことが思い浮かびませんね。


 求刑は人とは思えぬ行動として死刑、弁護士は反省を促す意味で無期懲役。


 私は、減刑、出所のない無期懲役が望ましいと思う


 星島は、判決の後遺族に向かって「ほんとうにすいませんでした」と涙ぐんで言った。しかし「一日も早く死刑にしてください」とも言った。

 …そこにはまだ、自分の事しか考えていない星島がいた。

(自分で自分の処罰を言えるようなレベルでは、やはり死刑ではなまぬるい)



【1月15日】

★★★★★★★後記★★★★★★★


 現在パレスチナでは壮絶な紛争が続いています。

 昔は互いに仲良く共存していたと聞きますが、今は止めようも無いほどになってきていますね。

 この事件とパレスチナの紛争とは何が違うのでしょうか

 パレスチナの紛争が始まった経緯はともかくとして、この紛争は互いが生きてゆくために必死になっている。恨みが恨みを生み、終わりの無い恨みの輪廻と戦わなければ国も自分も無くなるという気持ちを止められないのだと思っています。

 軍事力で言えば、イスラエルが圧倒的だから、その気になるとパレスチナを滅ぼすことなど容易いでしょう。イスラエルは国家としては認められていないはずです。大義名分も弱くて人道的にもそんなことは出来ないでしょうが、やられればやり返さないといけない極度の緊張状態(真剣に喧嘩をした人なら少しだけ解るでしょうか)の中に居るわけです。一部の人間を除いて双方が紛争など、やりたくは無いと思っているはず。国連などが何度仲介しても止められないほど不幸な状態。

 それに対して、この事件は、完全に私利私欲による事件

 どちらも起こしてはならない事であり、解決を考えると途方にくれそうになる事ですが、事件のレベルが違うでしょう。イスラエルやパレスチナの人がこの事件を聞くと、恐らくはき捨てるように怒るはずです。「ふざけるな!」と。

 どうすればこのような事件を防げるのでしょうか。江東区女性殺害事件のみならず、恐らくは京都舞鶴女性失踪事件にしても、他の事件にしても・・・。

 完全に防ぐのは不可能でしょうが、考えられる事もあります。

 あくまで例えばですが、子育てをする親を対象にした、「子を持つ親が幼少の子供に聞かせる道徳・倫理」を教える機関を設けて、犯罪が行われる寸前に役立つ道徳の意識レベルを上げる。

 私的機関ではいけません。文部科学省が前面に出て公的に実行しなければ意味がありませんが・・・。

 (もちろん教育料その他問題点はありますが、当然のことです)

 

 私が最初に就職した時、上司の課長から聞いた言葉があります。

 「腐ったらあかんぞ」

 何気ない一言でしたが、20数年経った今もずっと耳から離れません。

 今では会うこともありませんが、この言葉でどれだけ救われたか。この人は、私の心の師匠です。



【1月13日、14日】

★★★★★★★★★★★★★★★★


(公判の詳細を読むと下記記事と多少食い違うところもありますが、このまま訂正せずに残します)

 江東区女性殺害事件 の事でニュースになっていますね。



 遺体を切り刻んで、骨が匂うから鍋で湯がく・・・・・。


 想像すら恐ろしい事件ですね。


 道徳意識・道徳観念の完全な欠落でしょうか。


 以下は私が感じている星島の心の流れ。

(ばかばかしいと思った人は読まないでね)(^^;)

 

 星島は性に飢えていた。ネットで性交シーンを見る、ダウンロードした動画からは様々な性交の様子が映し出される。しかし、徐々にそれだけでは物足りなくなる。

 本当の女性の肌に触れたい。本当の女性でないと物足りない。

 社員時代は多少のお金があった。タクシーで会社に向かって3000円を払い、おつりは受け取らなかった。(しかし、こんな金の使い方を考えると、お金をためる方ではないだろう)

 その後会社を辞め、派遣社員となったがお金に余裕が無くなった。お金が無いから女性は買えない(あるいは潔癖症、または女性を抱く勇気が無かったか、犯行後に報道インタビューに「若い女性は苦手ですから」などと答えていた)

 女性に声をかけても警戒されて相手にされない、いや、声すらかける勇気は無い。セックスをすれば裸になる。裸になると大きな火傷の痕を見られてしまう。「どうしたの、それ」、こういうリアクションに耐えられない。

 出会い系も試みた、しかしお金がかかった、それに、肝心なところで火傷のコンプレックスが行動を躊躇させてしまう。

 しかし女性が欲しい。たまらなく欲しい。

 元々長期的に物事を見て、夢や目的を考え切れない。人との付き合いはやりきれない、心を裏切られ、傷つくのは怖い、人と心で付き合う勇気が出ない。

 けれど、こんなことはだれでも悩んでいるでしょう。

 女性が欲しい(女性という人格が欲しいのではない)、想像と欲求は膨らむばかり。二件隣に若い女性が入居した。俺にはこんな女性とどうして縁が無いのだろう。派手な鞄を持って、女を感じさせる女性。

 たまらない、あんな女の肌に触れてみたい。女性から優しくされたい。女性の優しさに甘えたい。けどそんな事は無理だろう。

 どうせ自分の未来は薄い。一人の女性を囲えばいい。誰にも知られなければ…、そうしてセックスに明け暮れる。そんな人生になっても構わないから女性が欲しい。

 自分の心の欲望を道徳観念と理性が押さえ込む。しかしその反面、(隣は空き室だ、無理やり入って犯しても解らないのでは・・・)

 欲望が理性を溶かして行く。もう我慢ができない。

 そこへ、女性が帰ってきた。

 何気ない振りをして廊下に出た。女性はドアを開けた。

 すばやく近づき、ドアに足を挟んで中に入り、女性の口を塞いだ。


 その時から後戻り出来ない運命が動き出す。


 罪が罪を重ねて行く、いや、最初は違う。自分は沈着冷静な人間だと思い込んでいる。しかし、やってはいけないラインを踏み外した事に気付く。徐々に焦る、焦ると思考・視野が狭くなる。そんな中で解決を考える。後戻りは出来ない中で考え出す。

 3時間粘った、そんな時に女性の姉から電話がかかった。

(気付かれた!)


 あとはニュースの通り。


 犯行をやめるタイミングは、自分が行っている行動に罪や恐怖を覚えた時だと思います。

  

 
砂坂を這う蟻-1


 犯行後のインタビューにも平然と装って対応しようとしている。


 本当に罪や恐怖を感じた時、瑠理香さんはこの世にいない


 もし、私の子供が被害者になったら・・・。


 私は死刑の記事を書きました。(「日本の死刑の執行方法は知っていますか?」)
 この記事は今でも沢山の人が読んでくれています。


 しかし、この犯人を死刑になどしたくはありません。自殺だってさせません。自分の全人生をかけて生き地獄を与え続けたい。「私はりっぱな人間じゃないですから」と言いながら。


 えっ?「そんなことしても、子供は帰ってきませんよ」って?

 それが本当に自分の中でわかるまでは許さない!


 けど、たぶん、そのうち犯人の事なんてどうでもよくなってしまいそうな気がします。

 その時は、もう自分と子供以外は何も見えてないでしょうね。


 こんな事件は起こって欲しくない、けど、どうやったら防げるのか・・・。


 途方に暮れそうになったニュースでした。




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