京都の喫茶店「絵慕」 |         きんぱこ(^^)v  

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  きんぱこ教室、事件簿、小説、評論そして備忘録
      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

(2009.6.15改)


 私が学生の頃、とても世話になった喫茶店がありました。私は元々京都生まれなんだけど、八歳で転校してその後、大学が京都だったことから10年ぶりに京都の伏見区に住むことになりました。勿論、下宿生活。その時に客以上に色々とお世話になった喫茶店が「絵慕」でした。

 読者の方々も、そういう店や思い出の場所というのがあると思います。


 これから小説を書こうと思っているモチーフにさせていただくつもりの「絵慕」ですが(何度か書きかけてはやめて、けれども何時かは書き上げます 2009.6.15)なにはともあれ27、8年ぶりに行ってみました。



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 入り口は昔と変わりませんでしたね。
 中に入ると、左にカウンターがあり、カウンターのデザインは変わっていましたが、右手のテーブル席は、なんと昔とほとんど同じ「絵慕」がありました。


ebo


【変わったところと言えば、写真右のカウンターと写真正面にピアノがあるくらい。センターテーブルも椅子も、奥の小部屋も昔のままだった。】


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(暖炉もそのままあった)

 店を見渡していると、昔、常連さんが大体決まった席に座って、こっちを見ている姿が浮かんで来た。

 R大の軽音楽部にいたAさんやSやY。


 Aさんは私にウインドサーフィンを教えてくれた。その後石垣島のハイムルブシでインストラクターをやっていたが、それ以降はわからない。R大の軽音楽部でドラマーでもあった。雰囲気がかっこよくて女子大生に人気があった。ウインドサーフィンもHI-WINDという雑誌に何度か写真が載った。

(私は一度しかない。・・・甲子園浜でレースの後にごみ拾いをしているところ・・がはは・・・)


 神戸の酒屋に就職したS君。一緒にヨットレースに行った。ヨットレースの前日になると、琵琶湖のヤマハマリーナへ行き、スキッパーを募集しているクルーザーを求めた。その兄のIさん。


 金が無くて滅多に来なかったMや私が譲った車を、錆びてエンジンが落ちるまで乗ったSY,他の連中も含めて皆で福井県の若狭、三重県の国府や愛知県の伊良子までサーフィンに行った。

 喋り出すと勝ち目がなかったK女のYちゃんとその親友のRちゃん。
 S女学院の常連のSちゃんやNちゃん。Nちゃんもウインドサーフィンをやっていたのでよく皆で琵琶湖に行った。
 お父さんがとてもこわかったKちゃん。
 女性からラブレターをもらっていた美人のIさんと、その友達のMちゃん。Mちゃんは私と同じ大学のYと結婚した。

 ミスユニバースに挑戦したMちゃん。まさかとは思ったけど、日本代表の最期の7人に残ったときは、絵慕の関係者皆で応援して大騒ぎ。

 どうしてこんなに集まっていたのだろう。
 たぶんR大の軽音楽部が代々バイトに入っていて、S女学院の軽音楽部も指導していたから、これが核となっていろんな人間が集まるようになったのだと思う。


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ここの食事は昔も今も美味しい。

ビーフシチューを頼んだが、気が付けばうっかり食べていた。(笑)。

店のママがせっかく綺麗に並べてくれたのに・・・。

芸能界と夜の蝶…だった」 さんがいつもプログで書いている心境がわかった(汗)。

写真はシナモンティーと、ビーフシチューのアフターについてきたムースゼリー。

ごちそうさま♪

この店は20年ほど前に経営者が替わったが、絵慕という看板と、店の中は変わらない。
(二階は犬の美容室、EBOになっていた。娘さんがやっているらしい)


 以前の経営者は、今の経営者に店を譲り、祇園で店を始めた。

 今の経営者は、祇園の店を譲り、絵慕を継いだ。

 互いに店を交換したわけではないが、人それぞれが行きて行く人生や運命のすれちがいを静かに感じた。

 昔の店主もいい人だったが、今のママさんも物腰のやさしい人だった。マスターもオシャレな人。

 また、寄ってみようと思う。(土曜日も仕事が多いから中々寄れないなぁ)

 もし、絵慕を知っている人が居たら、一度寄ってみては如何でしょうか。


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喫茶「絵慕」(えぼ)

京都市伏見区深草直違橋4丁目。
(京阪藤森駅前東直ぐ)


定休日 日曜日、祝日