京都の上京区中立売に目立たないが少し風変わりな喫茶店がある。
千本今出川の交差点を、千本通りに添って南に少し歩くと、一條通りと言う看板が出ている。
そこを東に少し行くと右手に小さく建っている古風な民家がある。
外から見ると普通の・・と言うか京都らしい古風な民家で、入り口に白い小さなボンボリの様な夜灯が付いているだけである。
普通の家に入る様な感覚で戸を開ける。
中は普通の民家をそのままにした喫茶店だ。
奥の左手に厨房があり、カウンター席があるが、畳敷きになっているので靴を脱いで上がる。
席は16席とカウンターになっている。
カウンターと言っても客の座る所は畳だ。
壁は襖でその横に神床がある。
店主に聞くと、なんでも今から120年前の家らしい。
と言うことは明治20年代の建物だ。
柱にはその歴史を伺わせるような傷痕があり、昔を想像させられる。
この喫茶店はわずかなメニューではあるが、ベトナム料理だ。
亀ゼリーというのが人気らしい。
京都では結構有名な喫茶店らしい。
わかるような気がする。
(スーアとはベトナム語でコーヒーのことらしい)
(右上が入り口。右手前がカウンターで、その奥が厨房。冬の店はストーブで暖かく、落ち着く)
このあたりは、五番町と呼ばれる、京都の花街跡。
江戸初期に出来て、幕末前後は京都西陣の御用達の楼閣とお茶屋さんがひしめいていたらしい。
沢山の舞子芸子娼子がいて、西陣の夜を賑わしていたのだろう。
戦後は「西陣新地」と呼ばれて、娼楼主体の営業だったらしいが、赤線廃止に伴い衰退していったそうだ。
しかし、今でも舞子が一人だけいると聞く。
京都には祇園甲部、先斗町、宮川町、上七軒、島原そして五番町と、主に六つの芸技置屋さんがあったらしい。
今でも島原と五番町を除く四箇所に歌舞練場がある。
昔の色町花街と言う所だが、色町と言うのは何故か火事で無くなって行く所が多い。
ここ五番町もストリップ劇場が火事で焼けた。
大阪の難波新地も火事で焼けたから、今の通天閣の後ろに飛田新地として場所を移された。
この五番町も幕末は壬生(みぶ)に近いからか新鮮組の芹沢鴨(せりざわ かも)等が入り浸っていたらしい。
そんなことを思いながら、この喫茶店で休息した。
上京区一條通り浄福寺西入
12:00~21:00 火曜日定休

