111のお祭り。 | Rainbow Bridge

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たぬの癒しの体験や日々の出来事について

11月1日、11時。

妙見神社に行くと、20周年祭が行われていました。



公園の入り口近くまで、

笛の音が風に運ばれて聴こえてくる…

鳥居の下では受付もあり紅白饅頭をいただく満月
(そっか…食べよう)

鳥居をくぐるころから頭がぐらぐらしていた。

宮司さんが祝詞をあげている間、

かもめが空を旋回し、

小鳥がさえずり、

ぽかぽか陽も気持ちよく、

神さまたちも喜ばれているのだろうと思ったニコニコニコニコニコニコ。。


千年前はもっと土地もひろく(海に随分戻っていったらしい)

大きな社殿もあったそうで

20年ほど前に掘り起こすようにある方にメッセージが届き…というお話があった。

人間の人生どころじゃない時間を待って待って待ち続け、

メッセージを送り続け、

ここ20年で人が集まり、ささやかな喜びと感謝を、

神様たちは祝福してくれる…その寛大さとあたたかさに、

想像できない大きな思いとはからいがあるのだろうなぁと思った。。

来ている人それぞれに、

大きな光が頭から注がれているようだった。
創造神の光が分かっていけるように…


いつものように直来をいただき、

久しぶりのまるりんさんにも会い

ぽかぽか陽気に浸っていた。

獅子舞にかぷかぷ頭を噛んでもらって穢れをはらってもらう。

太鼓のイベントには、参加してみたものの、

あれれ?思ったように叩けずハチャメチャに(^^;)

まあ私のお陰で、後に続く体験者が手を挙げやすくなったでしょう。笑



帰り着くとハートチャクラがびっくりする位いたくなった。
新しい扉が開いたのかも??

とも思ったけれど、

最近の出来事に自分が家族を説得しながらも、

実は自分自身が抵抗し執着していたことに気がついてしまった。

ハートチャクラは最近よく痛みを感じていたので

セルフヒーリングはしていたのだけれども・・。

チャクラの痛みを癒やしながら

意志を貫いていくことと


痛みを感じないように

今の自分自身をあるがまま受け入れることと

どちらが自分にとって真実なんだろう…


と物思いにふけって遊ぶ私であった。