【基礎分析】
■特性
・摂理系(後述)
・人に興味なし
■表面上の強み
・通理(つうり) (本質的な強み)
理が通る。理が通る物事に根源的な興味を持っている。
理が全てのベースになる。
摂理、道理、理学的な視点で世界を眺めていて、理が現実にまで通ることに価値を持つ。
理の中でも現実まで通らないものには興味を示さない。
この意味で自分主体に生きているのではなく、世界主体に生きている。
つまり一種の摂理系と言える。
ただし、「通る」という意味では「理」→「本質」のルートを開拓しているとも言え、
俗に言う摂理系とは一線を画す。このポジション自体、既に強みだともいえる。
感覚的な物事、論理的な物事の両方に通用する。
だからある人から見れば「感覚的な人」と言われ、別の人からは「論理的な人」と言われる。
本質ではなく理(がどう「通用」するか)が中心に物事が展開されている。
理の通じる一番先が現実になるので、その「先端」は現実化されなければならない。
①現実化には「再現」という形で自分で作り出すものと
②本質ベースの人が「再現」したものに興味を示す場合と
③生きていくのに必要な「再現」を「なってしまう」ようにする場合がある。
となります。
松原さんのブログでは、以下のような説明があります。
摂理と真実は似ています。
何が違うのかというと、摂理は自然の絶対法則のことで、真実は人間の絶対基準のことです。
摂理は人間も自然の一部として扱う物事で、
真実は人間を全体として扱う物事です。
理は摂理の中でも、人間に関わる摂理のことです。
例えば四季が巡るとか、寒波がやってくるとか、月の満ち欠けによって体に変化が表れるなどなど。
本質は真実の中でも自然法則に近いものです。
例えば、精神と肉体はリンクしているとか、臨界点を超えると急速にヒットするとか、物事の原点はこれだ!などなど。
・再現
理ベースなので、VAKがどうということがあまり重要ではない。
体感や聴覚系の強さは見て取れるが、注目は「先端」にある。
再現は、
手先
口先
理の先端再現(自分が通理したものは複雑なものも必ず再現できる)
でされていて、体感は必要があるときに使う。
論理的思考も必要だから使うだけ。
自分自身を理上のひとつの機能として捉えたときに
使えるものを使っているだけという感覚であって、
優れた資質を有効に生かしているという感覚ではない。
ジャンルも、データベース・小説・上司から意見、カンフーなど多岐にわたり
得意分野を絞らない。(絞れない)
人から見ると多彩なセンスであるように感じられるが、
センスではなく通理上の再現というプロセスという全く別物。
(資質のセンスに見られるが、創発や自己組織化の方が近い)
より複雑なものを構築する場合も構築、構造、建築、設計図などありきではなく(これは工学)
理を通す筋道、ルート、理というバックグラウンド上の選択肢の限定、
という形で物事が再現される。
通理として通らないものや、理として興味がわかないもの、
自分の肉体機能として無理なものは再現できない。
『通理として通らないものや、理として興味がわかないもの、
自分の肉体機能として無理なものは再現できない。 』
確かに!
肉体機能として無理なものはともかく
理が通らないもの、興味がわかないものはダメですね。
反対にその要件が満たされていれば
人から見て、なぜそれ?ということも再現できてしまってました。
・本質への興味
理ベースの視点に密接に関わりながら、内的に生み出せず、しかし重要なものが
「本質」になる。自分を生かすために本質は食物であり、栄養の位置付けになる。
一度取り込むと通理の材料となる。
それによって再現力が増す。
・生きるのに必要な再現を「なってしまう」にする
川が高いところから低いところに流れる・・・のように、
人として生きていく上で必要な、場所の移動(場面を変える)、金、活動の広がり(ネット)、
男、妊娠、みんなの雰囲気を良くする、などは【運ばれる】ように自動化している。
考え方によっては「そんなこと」に一生懸命になりたくないとも言えるし
重要度が低く、通理的にも簡単すぎるので「通っていればいい」という位置づけにされている。
なってしまう強みだが、既に当たり前すぎて世界観の強みになる。
確かに、そんなことは「通っていればいい」という位置付けなのでしょう。
金も、男も、妊娠も(爆)
・期間
「あの時」という時系列のポイントではなく、期間、時期で物事を見る視点が強い。
長期の強みはシートから読み取れなかったが、
明らかに期間記述があり、重ねてみると主役的、論理的な過ごし方がかぶっている。
(一次のところで後述)
■ブロック
唯一「権威」に対して臆する傾向がある。
本来人間の作った「威」は摂理系に何の意味ももたらさないが、
・再現に影響
・人間のあり方を模索している
ことに大きな悪影響がある(かもしれない)ということで
そういう場面が来た時は「人間的手法によってマネジメントする」
というブロックが発動する。
どうにかする重度が高いので、それに必要な強みを使うことになり
その強みを使えば安全であるということが証明されて
「本質への興味」を示し、かつ「威」がありそうだ・・・というとき
自分の摂理系のあり方と、通理系統の強みがセーブされたり
曲がって使われることもあるよう。
「権威」「威」に対しては、
①近づかない。それ以外の通理でもやることはまだまだある
②気にしない。そもそも気にする性質ではない。理の人の「自由」を発揮する
をするだけで十分に解決できる。
松原さんの強み発掘受けました〜その1基礎分析(この記事)

