作家の冲方丁(うぶかた とう)さん、今朝のNHKラジオにて、
「ある牧場主から聞いた話なんですけど、乳の出なくなった牛は牛舎から出され運ばれて食肉にされるわけなんですが、一頭の牛が乳が出なくなると周りの牛達が騒ぎ出すらしいんです。
牛達の悲しみの儀式がありまして、周りの牛達が乳の出なくなった牛にアイコンタクトを送ったり、身体を擦り寄せたり、鳴き続けたりするそうんです。
乳が出なくなった牛は牛舎から連れ出され二度と戻って来ないことを牛達は知っているんですね。だから自分達の仲間から乳の出なくなった牛が出ると悲しみの儀式をするんですね。
今日本では殆どの人は動物が食肉になる行程を知りません。パッケージされた物だけを見ていますから。何処何処産の肉だとか、何々産の肉が美味しいとか、そういう事に目を向けていますが、何か根幹が欠けていると思うんです。
私たち人間の命が何に支えられているのか知らない。他の生き物の命によって自分達の命が支えられていることに気づかないでいるんですね。
子供たちには動物達が食肉になっていくことをしっかり教えた方が良いと思うんです。それはショックなことだとは思います。でも食肉となっていく動物達の痛みを知って、そのショックを乗り越えないと開かれてこない何かがあると思うんです。
牛舎の牛達は物ではなく食肉は物ではなく私たちと同じ命なのだと。
生き物を殺して食しなければ生きていけないことへの罪を感じ、やがて罪が感謝に転じていく。産地や種類だけではなく、ここにこそ本当の食肉の味わいがあると思うんです。」
私たちが普段殺して食いている命は動物だけではありません。お米やお野菜も命であることを忘れてはならないと思います。だからお米の一粒にかける想いや感謝も生まれるのだと思います。
そして・・・・・
お別れの儀式をするのは人間だけではないのですね。
「ある牧場主から聞いた話なんですけど、乳の出なくなった牛は牛舎から出され運ばれて食肉にされるわけなんですが、一頭の牛が乳が出なくなると周りの牛達が騒ぎ出すらしいんです。
牛達の悲しみの儀式がありまして、周りの牛達が乳の出なくなった牛にアイコンタクトを送ったり、身体を擦り寄せたり、鳴き続けたりするそうんです。
乳が出なくなった牛は牛舎から連れ出され二度と戻って来ないことを牛達は知っているんですね。だから自分達の仲間から乳の出なくなった牛が出ると悲しみの儀式をするんですね。
今日本では殆どの人は動物が食肉になる行程を知りません。パッケージされた物だけを見ていますから。何処何処産の肉だとか、何々産の肉が美味しいとか、そういう事に目を向けていますが、何か根幹が欠けていると思うんです。
私たち人間の命が何に支えられているのか知らない。他の生き物の命によって自分達の命が支えられていることに気づかないでいるんですね。
子供たちには動物達が食肉になっていくことをしっかり教えた方が良いと思うんです。それはショックなことだとは思います。でも食肉となっていく動物達の痛みを知って、そのショックを乗り越えないと開かれてこない何かがあると思うんです。
牛舎の牛達は物ではなく食肉は物ではなく私たちと同じ命なのだと。
生き物を殺して食しなければ生きていけないことへの罪を感じ、やがて罪が感謝に転じていく。産地や種類だけではなく、ここにこそ本当の食肉の味わいがあると思うんです。」
私たちが普段殺して食いている命は動物だけではありません。お米やお野菜も命であることを忘れてはならないと思います。だからお米の一粒にかける想いや感謝も生まれるのだと思います。
そして・・・・・
お別れの儀式をするのは人間だけではないのですね。