※再アップ! 優越感と劣等感 | 潜在意識をマスターする量子場調整®で自分らしくなる

潜在意識をマスターする量子場調整®で自分らしくなる

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こちらは、2011年9月にアップした記事です!



自分はここが劣っている、これがダメだ
と、まあいわゆる
劣等感が強くて自己卑下している人が、
謙虚で慎み深いというわけでは
決してないと思います…。


かえって、非常に傲慢で意固地な面があったりするのではないでしょうかね。

「劣っている」
という意識は、反対の
「優れている」
という意識の裏返しです。




これがダメだ、ここが劣っていると
落ち込む感情と等しく、他の人と比較して
「わたしはここが優れていて勝っているのよ!」
という感情が、背景にはあったりするのです。


優越している意識、自分が特別だという意識がなかったら、
劣等感も発生しないわけですよね。


そういったこともあって
体験した感情がひりつくような出来事
そこから発生した感情を、ずーっと後生大事にして
あたかも地獄の魔王に選ばれた人間であるかのように
自分を悲劇のヒロインよろしく、特別視してしまいがちです。



自己卑下や自己評価の低い方ほど、
自分のことを分かってくれる、自分を認めてくれる人を<
過剰に崇めて、依存する傾向があります。


自分が依存したい対象なので、
普通の人より、特別な能力があると思える人や、
地位があると判断する人を求めてしまいます。


その方が、自分の優越感が満たされ、自己評価が高まりますからね…。


「本当のわたしをわかってくれるのは、あの人だけ」

というような、
その方との一種の共犯関係のような感じになり、
その一方で、他の大多数を軽視する傾向になります。


かく言うわたしも、そういう人間でした!


つきあう男性に、「自分を評価してくれる」という
おいしいご褒美を、いつも求めていました。


そして、おつきあいする方は、
つねに自分より上位の立場にいる(と以前は思っていた)
会社の社長であったり、有名大学の教授であったり、哲学者でした。




またそういう方も、自分の評価を真に受ける信奉者のような者を
無意識的に求めるところがあり、
互いに依存し合う精神的な構造ができてしまうようです。


以前も、そういうことがうすうすわかっていて、
どうにかしなくちゃなーと思っていたのですが、
劣等感が埋め合わされる快感にどっぷりと浸り、
そういう自分自身に深く対峙していなかったのです。


「評価という意識が、刺のようにささっているのだ
と、とことん気づかせてくれたのが、
現在の夫、岩尾院長であったりします。



院長は、これまでの人と違って、
「僕は評価しているのではなく、長年の癖に気づいて、
もっと自由に能力を発揮して生きてほしい
という願いで言っているだけだ」
と、わたしに喝を入れてくれます。



評価されればオッケーだけど、されなければ終わり、
というふうに、とかく「1と0」の
デジタル思考的に考えていたわたしには
評価するという選択肢以外のものを提示してくれたことに
ほんとうに救われましたよ。



思考は、「1と0」のように、二元論的に考えてしまいます。


優越感と劣等感の間で揺れる意識も、
この二元性を行きつ戻りつしているにすぎません。



優越感を感じているとしても
それが劣等感の裏返しであるならば
再び、劣等感という奈落の底が
目前に控えているだけです。




そのことに気づくのは
優越感を味わっているときこそ
チャンスなのです。


劣等感を感じているときも
それに気づき、それを超える良い機会になります。



まず、自分がどういった評価を求めているのか。


容姿か仕事か、能力か性格か、人間関係か年収か…
を知ることからです。



だいたい、それにまつわるエピソードを
過去に体験しているはずです。



もし容姿にこだわるようなら、
子供の頃お父さんとテレビを観ていて、
お父さんがアイドルを「可愛いなー」と言った。
そこから、自分が可愛くないと否定されたとか、
可愛くないとお父さんに見捨てられてしまう、
と勘違いしてしまった、というように。



だいたい、そのエピソードには、
可愛い勘違いがあるものですコスモス



その勘違いに気づけば、あと一歩なのです!



さてさて
長くなりましたので、またこのテーマでまた書いてみたいと思いましゅ。