【自論】ソーシャルメディアは社会的信用に欠ける
ソーシャルメディアがはやっているようですが、私は基本的にソーシャルメディアを信用していません。口コミメディアに毛が生えたようもの、としか位置づけていない。
第一ソーシャルという言葉が気に入らない。
ソーシャルマーケテイングという言葉は30年前から存在しており、現在、世界の潮流にあるが、そのソーシャルと紛らわしいからだ。ソーシャルマーケテイングのソーシャルならよろしい。
いまやソーシャルメディア(ブログ、メルマガ、SNS、Twitter、Facebook・・・)だけを対象媒体にしたPR会社というのもあるようだから、無視してはいけないのだろうけれど、私に言わせれば「社会的信用」「歴史的実績」という点で、はなはだクオリティが落ちる。
やはり既存メディア(全国紙)が世論をリードしていると思っています。Yahooなどのトピックスニュースが全国紙や通信社の報道記事の転載していることから明らかだ。
基本的にネットにジャーナリストは少ない。そもそも「もの書き」の訓練すらしていない。つまり、ネットで活躍するライターは自己流の人が多く、社会的考察に基づくジャーナルな視点が欠けている記事が多い。
私の場合、テレビはマスコミとは思っていない。エンターテイメントカンパニーと位置づけているが、公共電波を使用するからオプション程度の報道機能と思っています。ただ影響力が甚大なのは承知しております。基本的にテレビはスポンサーのことしか向いていない。日刊紙こそが世論の中枢だ。雑誌やネットはまだまだ・・・。
私はソーシャャルマーケティングの支持者。利益追求よりも社会還元を優先する人間的な考えだ。ソーシャルメディアマーケティングSMMという言葉まで独り歩きしている。社会的責任と社会的貢献の2つがソーシャャルマーケティングの屋台骨だ。
私のPRアイディアの根本は「売りの促進」ではなく、社会のために役に立つ「ソーシャル発想」(私の造語)がベースになっています。
ソーシャル発想のソーシャルは、ソーシャルメディアのソーシャルではありません。ソーシャルマーケティングのソーシャルであります。
ITを好む人は「効率主義者」が多い。すぐに集客を求めたがる人や販促効果を期待する人、総じて、売り上げ・利益優先主義の人。私とは反対の思想の人たちだ。
時代の先端を走り、文化を作ってきた担い手であるはずの出版編集者の意識の低さにはヘキヘキしている。
ソーシャルという言葉は、ソーシャルメディアという言葉より30年も前に言われ続けている世界の共通語なのだ。ここを理解していない人が多い。
これまでにこのソーシャルについてさまざまな視点から書いてきた。
▽これからはPRではなくSRだ
http://ameblo.mom/pridea/entry-10557619675.html
▽不の言葉からソーシャル発想
http://ameblo.mom/pridea/entry-10569995322.html
▽ソーシャルはIT系の言葉なのか?
http://ameblo.mom/pridea/entry-10690907913.html
▽ソーシャルマインドが日本を救う
http://ameblo.mom/pridea/entry-10509444070.html
▽ソーシャルという言葉はそんなに難解?
http://ameblo.mom/pridea/entry-10492884295.html
▽ソーシャルな視点とは
http://ameblo.mom/pridea/entry-10479080903.html