
今日の西日本新聞に、興味深いコラムがありました。
男女共同参画を実現するためには、女性側の意識改革も必要ということ。
ダスキンの創業者鈴木清一氏は、「女性を雑巾がけから解放できる」と意気込んでいたけれど、
大変だったのは、消費者側の意識改革。
古布から雑巾を縫い、冷水で雑巾を洗って絞り、かがんで雑巾がけをし、汚れた雑巾を洗って乾かす・・・・
という直接的にコストのかからなかった労働に、コストをかけるという消費者意識を帰ることが一番大変だったと。
コストはもちろんですが、「そんな怠慢をしてしまっていいのだろうか」という抵抗感。
案外壁になるのは、私たち女性にしみついているジェンダーの概念なんですよね。。。
本気で社会に出たいのであれば、家庭のことを全て一人で完璧にやることはムリ。
どこかは手を抜くか、パートナーに分担してもらうか、アウトソーシングするか。
それをするには、女性側の「えいやっ!」という意識改革はとっても重要です。
私が以前働いていた会社では、お茶くみは女性の仕事でした。
途中入社でしたが、私が一番年下だったので、当然私の仕事となりました。
朝のお茶、3時にもお茶。(今考えると3時におやつだなんて悠長だったな・・・)
全員分の湯飲み茶碗を帰りに洗うのも私でした。
女性だからというよりも、一番年下だからと自分に言い聞かせて、我慢していました。
2年くらいして、年下の男性社員が入ってきました。
でも、私は彼にお茶当番を代わってくれと言えませんでした。
年下なのに。
そのまま私はお茶当番をやっていました。
ある朝、前の晩遅くまで仕事をしていた男性たちの湯飲み茶碗が、
汚れたままてんこ盛りに置いてありました。
・・・・・
さすがの私もブチ切れましたよ
これまで積もりに積もったうっぷんが爆発して、思わず社長に直訴しました。
「これ、私の仕事なんですか???? 私はこのために仕事の時間を割かなければいけませんか
???」と。
えぇお陰さまで、これで私はお茶当番から解放されました
社長はみんなの前で言ってくれたんですね。
「おいっお前ら!これから自分の飲んだ湯飲みは自分で洗えっ!」と。
(いい社長だ。でも、こんなことならもっと早く言えばよかった・・・)
ただね、それから私のジェンダーとの戦い(おおげさ)が始まるのですよ。
お茶くみ止めた!とは言っても、なんだか居心地が悪い。
いや、男性陣の反発とか、そんなのは全然ありませんでした。
むしろ「これまでゴメンね」みたいな感じで、考えたことがなかっただけなんですね。
それよりも、年下の男子がお客さまにお茶出ししたりするのを横目でみながら
「お客さまに対して体裁が悪いんじゃないか」とか「ヘンな会社と思われないだろうか」とか、
役員のおじ様が自分でお茶淹れてるのを見ると「申し訳ないなぁ」とか、
結局、私の中にあるジェンダーがうずくんですね。
心のどこかに「オンナの仕事」と思っている自分がいて、それをなかなか払拭することができないんです。
でも、そこを我慢しないと、先に進まないんです。
私もどんどん仕事が忙しくなってきて、それをやっているヒマはない。
情に流されていては、自分の首を絞めるだけ。我慢をするという努力も必要なんです。
ただ、そのうち慣れるんですよね、人間って。
今や、訪問した先の会社で男性がお茶出してくれても特段驚かないですよね。
そんなモンです。
世の中変わるんです。
私たち一人ひとりが行動することで社会は変わっていくんです。
もうひとつ、みんなと話していてよーく思うことがあります。
それは「うちの主人は何にも手伝ってくれない」という言葉。
「手伝う」ってことは、自分が主だということ。
主は自分で、それをチョコッと手伝ってほしいと思っているということですよね?
私は、家事をするのは自分が「主」だとは思っていません。
(いや、思わないように努力しています)
洗い物をしている私の横で、オットが「お皿を拭くの手伝ってやろう」なーんて言おうモンなら、
すかさず「手伝う???『拭いてやろう』でいいんじゃないの?」と言い直してもらいます
「言霊(ことだま)」ってあると思います。
言葉にすることで、体中にしみついていくもの。
「手伝ってやる」と言うことで、主体性は消えていきます。
「手伝ってもらう」と言うことで、「私がやらなければならない」になっていくのです。
でもね、結局家事は私がやることの方が多いんですよ。
矛盾してるようですが、そうではありません。
私が「やらなければならない」のではないけれど、私がやりたいからやってるということ。
私の方が得意だから、私がやった方が効率がいいから。
そう思うことで「やらされ感」から開放されます。
ちなみに、私が「オット」と言っているのも同じことです。
「主人」や「旦那」に抵抗して言わないようにしているんです
主人・・・自分の仕える人
旦那・・・パトロン、面倒をみてくれる人
そもそも「旦那」は、昭和の時代は少し抵抗のある言葉だったんですよ。
お妾さんがパトロンを呼ぶときの呼称ですから、水商売の匂いがするというか、品がないというか。。。
それが今や完全に市民権を得てしまいましたね。
同じように、みんなも「オット」と呼んでみませんか??
そうすれば、世の中当たり前になっていきますから
ちなみに「主婦」にも抵抗感あるんですが、なかなか他にいい言葉が見当たりません。
何かアイディアありませんか~!?