こんにちは(*^-^*)
大阪なにわインナーチャイルドカードセラピストのおちゃ♪です☆
『☆本当の私はパパが大好きでした (ノ- `*)・°・ ☆』の第5回目です(*^-^*)
今回は、父が付き合っていた女性が我が家に乗り込んできた時のお話からです。
このお話は続きものですので、はじめて読んで下さる方は『☆本当の私はパパが大好きでした (ノ- `*)・°・ ①☆』から読んで下さいませ(^^)/
こちらからよろしくです_(_^_)_
→第①回目☆
→第②回目☆
→第③回目☆
→第④回目☆
ある日突然、晩ご飯の片付けもすませ、確か自分の部屋で簿記の勉強をしていた時事が起きました。
自宅の玄関先で聞き覚えのある女性の怒鳴り声がしました。
父も咄嗟に気づき、ご近所の手前もあり、急いで駆け下りて行き、ひとまず女性を玄関の中に入れたようでした。
すぐに激しい喧嘩が始まりました。
その女性は玄関でギャーギャー暴れ、父はそんな女性に対し怒鳴って暴力をふるってそうな感じでした。
私は突然の事にどうしたら良いか分からなくなって、すぐに弟と母方の叔母に電話をしました。
どちらも私に言った事は同じでした。
『絶対に玄関に降りてはいけない。その女性に会ってはいけない。
でないと、新聞沙汰になるような事になりそうな気がする。』
私は何度も玄関へ降りて行こうという思いにかられましたが、結局二人の言葉に従いました。
傍にポンタがいた事もありますが、実際その女性と自分が対面した時に、
異常とも思える女性に対して自分が冷静に対応出来るか自信がなかったからです。
明け方近くになってどちらも落ち着いたのか普通に会話をし出し、結局女性は早朝に帰っていきました。
私は絶対に父と顔を合わせたくなくて、父が出勤するまで自分の部屋から出ませんでした。
父が出勤して玄関に降りると、一面花瓶や置物が割れたガラスの破片等がかなり散乱し、ひどい状態になってました。
何故私がこれを片付けなければならないのかと思いながら、仕方なく片づけて掃除をしました。
そこには私が沸かした麦茶を2人で飲んだあとがあり、それを見てムショウに腹が立ちました。
それから弟が仕事が休みの日に帰ってきてもらい、父と3人で話し合いをしました。
一度乗り込んで来たら、絶対にまたやってくる。
ましてや父がいる時とは限らない。
私はやっと心療内科も薬も絶つ事が出来ていたのに、父と女性に振り回されてもう戻りなくないと思いました。
もう父とは離れる。
家を出る。
ただ、私達は父にお願いをしました。
あの女性は私が出ると絶対にこの家に住みつき取られてしまう。
亡き母と共に家族が一緒に暮らしてきた思い出の家を取られる位なら家を手放して欲しい。
父は、その話をのんでくれました。
そして私達は最後に父に、あの女性は普通ではないから、本当にやばいと思ったら広島でもどこでも追いかけてこれない所へ逃げて欲しいとも言いました。
そして私達姉弟は、もろもろと引きかえに実家となるべき帰る家はなくなりました。
ただ、当時私がまだ父を嫌い憎んでいた時には思いつかなかった事が、今ふと浮かびます。
もしかして父は、私を守る為に女性が玄関から上に上がろうとするのを必死で阻止してくれていたのではないか・・・
私さえいなければと私を天敵のように思っていた女性は、乗り込んできた限りは私に何かをしようとしてたと思います。
実際守ってくれていたのか・・・父の本当の心意は分かりません。
言葉に出して父が言ったわけでもありません。
でも、今現在の私の中に、突然浮かんできました。
表面的な言葉や態度では一見分からない、私には見えていなかった心意のように思いました。
父は私を守ってくれていた・・・その思いが出てくると、父が原因で起こった事だしイヤな過去なのですが、その出来事に対しての今までの私の気持ちや印象がかなり変わりました。
それから父は女性の所へ、私はポンタと1人+1匹暮らしが始まりました。
引っ越し後、簿記の資格をとっていたおかげで何とか就職も決まり、弟は結婚をしました。
その後父の仕事関係の方とお話をする機会があり、父は会社を辞めて、また1人で新聞の販売店を始めた事を聞きました。
その女性が、父の会社にまで頻繁に迷惑電話をかけてくるようになり、会社に居づらくなったとの事でした。
それから暫く経った頃、父から会って欲しい女性がいると連絡があったと弟から電話がありました。
その女性が、第1回目に登場した父の同級生の彼女さんです。
籍は入れないものの、これから父と一緒に生きていくのに私達子どもと会っておきたいと言う彼女の願いで父が連絡してきたのでした。
会って食事をしましたが、父との壁がなくなってた訳ではないので、よっぽどの事がない限りもう会う事はないだろうなと思っていました。
ですが、それから父は脳梗塞になってしまったのです。
連絡があって病院へ行き、父の歪んだ顔と不自由になった姿をみて涙があふれ、帰りの電車でも涙が止まりませんでした。
背中から滝のように何かかが流されていくような感覚がした時、これが血というものかと思い、もう父への憎しみが流されていったと思いました。
でも今から思うと、その時は半分、いやそれ以下位しか流れてませんでした。
父の身体が不自由になり、彼女さんへの気遣いから何度か父の所へ行くようになったのですが、
脳梗塞で右半身不随になり、上手く言葉も伝わらず、不自由さや思うようにならない情けなさから父の短気は毎日ひどく、彼女さんから度々愚痴を聞く日々が続きました。
私は籍を入れてないし、彼女さんの大変さを思い父を捨ててくれて良いと言ったのですが、反対にその言葉が彼女さんの気を損ねてしまいました。
それからです。
父が、母の法事にはもう出ないし、母方の親戚づき合いもしないと言い出したのです。
それを聞いて私はものスゴくショックで、弟に泣きながら父の事を酷過ぎると言いました。
その時弟は冷静に聞いてくれ、私と弟夫婦とで母の事を心から想って法事をしてあげたらいいやんってなり、私の気持ちは何とか落ち着きました。
いつまで父に心を振り回されなければならないのかと思いましたが、
でも、それがその時父が選択した生き方なのでした。
それから少し父や彼女さんと距離を置くようになり、その後商売をたたんで彼女さんと広島に帰ると2人から聞きました。
正直、解放される・・・そんな気持ちになったような気がします。
その少し前、ずっと私と共に嬉しい時も辛くて悲しい時も一緒にいてくれたポンタが天国に旅立ちました。
次回ポンタとの事を少し書こうかと思いますが、引っ越しする前に患った病気の診断ミスの影響で慢性腎不全になっていました。
それでも、15年近く生きてそばにいてくれました。
本当に1人になった頃、友達の勧めでセラピストの講座を受ける事になりました。
その頃は、自分がセラピストになるとは思ってなくて、
自分の生きづらさや、大切な人が辛い時にどう接したら良いのか分からなくて悩む事があり、受講を決めました。
その時に、スピリチュアルや心理学の事を殆ど知らなかった私が、たくさんの人達との出逢いで少しずつ知っていくようになります。
その時の友との繋がりが、今も私にとって本当に大切な友たちで、どれだけ救われてきたかしれません。
それから暫くしてその時勤めていた職場を退職し、私は自分と向き合う生活に入ります。
それから父への心の変化が出てきました。
またまた長くなりましたので、ポンタの事と私の向き合い生活の話は次回に書こうと思います。
上手くまとめる事が出来なくて毎回長いのに、読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます(*^-^*)
あと、2、3回で終了予定です💦
よろしかったら引き続きお付き合い下さい(*^-^*)
今回の幼い頃のおちゃとパパの写真です( ´艸`)
今回もパパの顔はトラちゃんでちょっとお顔かくし(*v.v)。
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読んで下さってありがとうございます♪
それではまた、
ごきげんよう(*^^*)☆
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