障がいがある人も
そうでない人も
病気の人も
健康な人も
どちらであっても

どん底にいる経験をすることもあるし
そこから出ることもできます。



2月5日のトークイベントのゲスト
大塚克則さんFBの投稿を
昨日は抜粋してご紹介しましたが
全文どどんと掲載。全米が泣いちゃう。



【病と私を振り返る】

野引 香里さんのブログで紹介されていた
小林麻央さんがBBCに寄稿された記事
を読んだら、
今ここで思うことを
ふと書いてみたくなり、
綴ってみました。

http://ameblo.mom/nobiki-kaori/entry-12239355126.html



長文になりますが、
もしお時間ありましたら
お付き合いください。

小林麻央さんは、
病気になってから
できない自分を責めたと
書かれています。

私は、
病気になる前に
できない自分を
責め続けていました。

そうしたら
帰国して日が経たないうちに
両手両足が突然麻痺し始め、
救急搬送された翌日には
ひとりでトイレにも行けず、
寝返りも打てず、
起き上がれず、
頭もかけず、
ナースコールのボタンさえ押せず、
いくら動けと念じても
足がピクリとも
動かなくなっていました。

円形脱毛症や慢性疲労を
はじめとする
サインはあったのです。

でも
負けてはいけない、
強くならなければならない、と

無視できるはずもないのに、
動けなくなることもあるのに、

目を背けて
無力感と虚無感の中を
もがきながら漂って
苦悩していました。

だから、思うのです。

もうこれ以上
そんな状態で動き続けたら
本当に本当に、、壊れてしまうよ、、、

だから、
どうやっても動けないように
動けないようにするために
麻痺を与えてくれたのだと。

ひとりで
全てできるわけはないのに、

ひとりで
何でもできなければ、
ひとりでも
生きていけるようにならねば、
ひとに頼らず
生きていけるようにならねば

という思考でがんじがらめになり、

助けを求めることや
苦しいと言うこと、
自分の弱さを許すことが
できなくなりました。

だから、
助けを求められるようにと、
お手伝いをお願いすることが
必要な身体に
してもらいました。

もっとも麻痺が
進行したときには、

食べるものから出るものまで
すべてつぶさに観察・記録され、
トイレではお尻も拭いてもらい、
まな板の上の鯉よろしく
隅々まで身体を洗ってもらい、
下着も靴下も全て着せてもらい、
寝返りの介助で寝顔もお見せし、
夜間の尿瓶のサポートや
赤ちゃん以来のおむつの着脱も
お願いする状況。

隠せるものは
もう頭の中くらいでした。

全てがさらけ出されました。

だから、
弱いところとも苦しいことも
さらけ出せるように
さらけ出して生きられるように
してくれました。

そうしたら、
頭の中もノイズが少なくなり
すっきりしてきました。

物理的にできないことが増え、
活動できる時間にも限界があり、
スプーンが重く感じるほど力も足らず、
二畳の病床での生活では、
いろいろなものが
濾過されました。

あれができたらいい、
あんなこともできるはず、
あの人ができるなら自分も、
あれも、これも、それも、、、。

そんなことが
できなくなったとき、
残されたのは、
本当に自分にとって
大切なものだけでした。

それがあるなら
生きていける。

だから、
誰とも比べる必要はないのだよと
深いところでわかるために、
より自分を深く知って自分軸で
しっかり生きられるようにと、
病を与えてくれました。

そしてある時、
病のメッセージは何かに
気づきました。

それは、
自分のあるがままを
愛するために、
より自分でいられるようにと
ありのままに生きられるようにと、
病を授かったのだと。

得られてわかる
豊かさもあれば、
失ってわかる
豊かさもあります。

深く息をすることさえ
愛おしい、
今ここに存在できる
静かで確かな
豊かさと喜び。

私は何も失っては
いないのです。

私にとっての病とは、
自分のありのままを愛し、
私が私に還っていくために
与えてもらっためぐみ、
ギフトだと
思っています。

トークイベントでは、
どんなことやきっかけで
そんな考えに至ったのか
などのお話も
できたらと思います。

お申し込みはこちらから
https://ssl.form-mailer.jp/fms/be6e1d29447042


最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

心より愛と感謝をこめて
オスカル・オーツカver.7.6




野引の花園最終回
 ~病という贈り物


2月5日(日)13:30~15:30
アットビジネスセンター八重洲通り


詳細はこちら→お申し込みフォーム





なんかそれっぽい画像を(笑)