「チェルビ」第六十五話 恋愛連載小説
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二月。
ユイは日高さんのところへは就職せず、日高さんの会社の取引先へ就職した。
この会社は、業界では有名な大手企業らしく、就職できたことは本当に凄いことだという。
ある時、神崎マネージャーに訊ねると、確かにアパレル関係では、全国トップクラスで、世界的にも名前が通っているところだと教えてくれた。
たまに行く街に、近代的なデザインが目立つ、綺麗で大きなビルがある。
あのビルが、ユイの新しい職場になる。
これから始まるユイの新しい「場所」なのだ。
彼女はアルバイトを辞めて、元々住んでいた部屋の解約手続きを始めた。
会社から近い場所で、ペットが飼える賃貸マンションを探しだした。
夢を一つ叶えた彼女は、動きだした。
それまで備蓄していたあらゆる武器と、研きぬかれた技と、考え抜いた思いを総動員して、勝負に出たのだと思う。
それまでの全ては、この時のための伏線だったのだろう。
僕の周辺の環境も、以前とは変わりはじめていた。
制作部の仕事は、思いのほか、すんなりとこなすことが出来た。
“慣れる“というより、ここでの全ては、僕に合っていた。
仕事に関して積極的になり、自分の中で、今まで持つことのなかった高揚感が、あらゆる面で、僕を後押ししてくれた。
神崎マネージャーとの関係も良好だ。
近いうちに、大きな仕事に携わる。
僕にとって、これからの人生を左右するような出来事が、次々に訪れてくる。
この時期は、急激な環境の変化を、充実感として捉えていた。
それを、素直に喜ぶこともできた。
かつて、僕の心の隅に畳み込まれていた何かに対しては、その存在を感じることがなくなっていた。
当時抱いていた焦りや不安は、無害化され、過去のものになっていた。
そのつもりだった。
一点を除いて・・・。
ある日の夜、この間まで、常に抱いていた小さな予感が的中する。
真っ暗な部屋の灯りをつけた瞬間、それは、嫌な色彩をまとい、恐ろしい形となって、一瞬にして、僕の全身に襲いかかってきた。
浮気した。別れる。
あまり見ることのなかったユイの字。
白いコピー用紙に青のボールペンで書かれた短い文章が、僕と彼女の終わりだった。
絶望的な闇は、どこまでも黒く、暗く、深く、重い。
圧倒的な負の存在を前にして、戦い返す余地は、全くなかった。
彼女は、浮気は絶対に許さないと言っていた。
僕に対しての誓いは、自分にも当てはまるということだろうか。
この理由が本当なのかはわからない。
終わるための理由が必要なのか。
終わらない理由自体が存在しているものなのか。
この世の中に、理由もなく、意味もなく、はじまるもの、続いていくもの、終わるものは、いくらでもある。
納得しなくても、できなくても、現実は絶対的に存在する。
全てのものに何が起ころうと、時間は、規則正しく、誰に対しても平等に過ぎていく。
僕と彼女が、終わった。
二人が一緒に過ごす時間が無くなったとしても、自分たち以外の誰に対しても、何一つ影響することはない。
僕と彼女がどうなろうと、明日はやってくるし、今感じているこの時は、既に過去のものになっている。
僕の人生で、最も無意味な思い出が出来上がった。
受け入れることも、後悔することもできない。
何も、何もかも、理解できなかった。
【お知らせ】
次回、最終話です。
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