「チェルビ」第五十七話 恋愛連載小説
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「あっ、こんにちは」
その女性の立ち姿に見とれてしまい、挨拶のタイミングが狂ってしまった。
「こんにちは。この子が、いつもお世話になっています」
上品な話し方と、流れるような動作の一つ一つが、とても美しい。
綺麗な人だ。
若々しい声は、ユイとは対照的だ。
「いえ、こちらこそ・・・。早川イクオといいます」
あわてて頭を下げた。
「ただいま。お父さんは?」
ユイは、玄関のドアを開けて中に入り、ケーキとペットキャリーを置いて、戻ってきた。
久しぶりの実家が嬉しいのか、機嫌がいいように見える。
チェルビが、植えられた花の向こうで鳴いた。
「この子が、チェルビ?すごい美形やね」
笑った顔が、ほんの少しだけユイに似ている。
チェルビは、ユイに抱えあげられて、そのまま玄関の内側へ連れられていった。
「どうぞ、イクオ君も入って」
必要以上の緊張の理由は、この人がユイの母親だということだけはない。
(ユイも将来、こんな風になるのか・・・)
中に入ると、まずアップライトピアノが目に入ってきた。
「こんにちわ」
大きなダイニングテーブルの向こう側。
温かい笑顔の紳士が、座っていた椅子から立ち上がって、挨拶してくれた。
ユイは、どうやら父親似だ。
とても優しそうな雰囲気の人で、僕は最初から好感を持つことができた。
先程と違い、今度は落ち着いて丁寧な挨拶ができた。
「うわっ!この子、めっちゃ可愛いやん」
部屋の外の廊下から、若い女の子の元気な声が聞こえる。
どうやら、チェルビを見つけたようだ。
「あっ、こんにちわ。妹の奈緒です」
部屋に入ってきた女子大生の奈緒ちゃんは、ユイと同じような背格好だ。
少しだけ派手な化粧のせいか、ユイよりも年上に見える。
温かい気持ちになるのと同時に、安心した。
ユイの家族に対する僕の第一印象は、とても幸せそうで、家庭円満そのものだった。
買ってきたケーキが、テーブルの上を彩る。
お母さんと奈緒ちゃんが、紅茶の用意をしている。
僕は、ユイと一緒に、荷物を二階の部屋に運んだ。
ほとんど何もない部屋だ。
そして、とても広い。
部屋の奥には、何も置かれていないベッドがあり、中央には、大きな本棚が不自然に直立していた。
ガラス製の扉の向こうに、色も、厚みも、背の高さもバラバラのハードカバーの書籍が並んでいる。
ほとんどのものが“デザイン“に関するものだった。
空いているスペースに、アニメキャラクターのフィギュアが、一体だけ置かれてある。
ライムグリーンのジャケットに、黒い細身のパンツ姿の男は、手にピストルを持って、不適な笑みを浮かべて宙を眺めていた。
ユイは、この部屋に自分の過去を残してきたのかもしれない。
目の前の少女が、少し寂しく見える。
いつの間にか、チェルビが入ってきていた。
出窓のカウンタースペースに、軽々と飛び乗った。
「チェルビ。今日から、当分、ここがオウチやからね」
ユイが、チェルビを抱いた。
明かりを点けていない部屋の天井は少し暗い。
窓から射し込んでくる陽の光が、濃色のフローリングに、猫を抱いた少女の影を映し出す。
その光景は、なぜか懐かしい気がした。
過去に、同じような場面に出くわした経験があったのかもしれない。
記憶をたどってみるが、気のせいなのか、なかなか思い出せない。
「ユイ、どう?しんどくない?」
「うん。もう大丈夫かも」
チェルビを抱いたままのユイと一緒に、下の階に向かった。
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