「チェルビ」第五十五話 恋愛連載小説
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携帯電話の音が、ドアを締め切った車内に響く。
ユイからの電話だ。
「どこの病院?迎えに行くわ」
歩いても行けるところだったが、車で向かった。
ユイを乗せて、マンションに戻った。
エレベーターが動いている間、ユイは壁にもたれかかっていた。
部屋に戻ると、昼寝中の猫がベッドに陣取っていたが、その場を離れてもらうことにした。
ご機嫌をうかがいながら、丁重に抱かせてもらった。
僕の腕の中で仰向けのチェルビは、はっきり開いた目で、僕の顔を見ている。
「チェルビ、ごめんね」
弱りきった声のユイは、ゆっくり布団に潜り込んだ。
横になった少女は、すでに眠りについたように見える。
少し熱い額の下に、長いまつ毛が静かに閉じている。
頬や唇にかかった赤色の髪。
僕の指は、慎重に、その髪を本来の場所に戻した。
「なんか、食べた?」
「ううん」
「食べたいものある?」
ユイは、何も食べたくなかったが、薬を飲むために、粥ぐらいは食べておくことにした。
僕は、商店街のスーパーで、電子レンジで作れる粥と、小さな岩のりの瓶詰めを買った。
僕の分は、たこ焼きとコーラにした。
部屋に戻ると、ユイは眠っていた。
その布団の上で、チェルビが、目を閉じて、丸くなっている。
不謹慎だが、その光景は、僕にとって素晴らしすぎた。
静かに、枕元にひざまずいた。
限界まで近寄って、しばらくの間、ユイとチェルビの顔を見比べていた。
カーテンに遮られて、半分の明るさになった光の中、二つの小さな呼吸。
穏やかな気持ちになり、自然と笑顔になってしまう。
たまらなくなって、人差し指の背で、少しだけ赤み掛かった白い頬に触れてみた。
そのまま、なめらかすぎる表面を、ゆっくり滑らせてみる。
「あっ、おかえりなさい」
少女の目が開いた。
思ったより力のある視線が、僕を捕らえた。
「今すぐ、お粥作るわ」
「うん。あれ?たこ焼き、あるの?」
ユイは、たこ焼きの方を食べたいと言い出した。
買ってきたものの半分以上を食べて、薬を飲んだ。
元気そうに見えるが、僕は、ユイの体調が心配だった。
「大丈夫?少しでも元気なうちに、出かけよっか?」
「うん、そうする。ごめんやけど、お願いします。大晦日までには、絶対、治します」
大晦日の夜から正月にかけて、一緒に過ごす約束をしている。
カウントダウンイベントと初詣に行く予定だ。
僕のときよりも大きな荷物を、車のカーゴスペースに載せた。
スポーツドリンクを持ったユイは、助手席のシートを少し倒した。
チェルビが入ったペットキャリーを、後部座席に固定した。
高速道路の入口をくぐったところで、小さな渋滞に捕まった。
ユイは、既に眠っている。
後ろを振り返ると、チェルビは、シロクマのぬいぐるみで遊んでいた。
ぬいぐるみの中に入っている鈴が、チェルビの首輪の鈴ともに大きな音を出している。
シロクマは、狂暴な猛獣の口にくわえられたまま、激しく振り回されていた。
助手席には、白い少女の幼い寝顔。
車中は、不思議な空間だった。
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