「チェルビ」第二十六話 恋愛連載小説
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「なんですか?これ?」
中を覗いてみる。
クシャクシャになった新聞紙の上に、白いバスタオルが不自然にたたまれてある。
「中、見てみ」
橋本さんに言われて、恐る恐るタオルの端を持ち上げた。
「めっちゃ、可愛い!」
ユイが押し殺した叫び声をあげた。
猫だ。
かなり小さい。
仰向けに寝ている。
目を閉じて、黒とグレーのシマ模様の前足を、白い胸の前で小さくたたんでいる。
開いた後ろ足の上で、柔らかそうな白いお腹が、小さく上下していた。
耳は顔の横にあり、鼻は薄いピンク色をしている。
小さな口は、少しだけ開いているように見える。
ささくれた毛糸のようなしっぽが、少しだけ動いた。
「その猫、一匹だけ置いてきぼりされてたんや」
橋本さんが教えてくれた。
この日の朝、事務の女性が店に来た時、事務所の裏で、母親の猫が何匹か子供を産んでいたらしい。
母猫は一匹ずつどこかに運んで往復していたのだが、この一匹だけ残して全然帰って来なかった。
仕方なく事務の女性が拾い上げて、事務所の中に運んで来た。
その後、近くの動物病院に連れて行き、ミルクとスポイトをもらってきたということだ。
獣医は、初乳さえもらっていれば大丈夫だと言っている。
一週間、何もなければ普通に育っていく可能性が高い。
「イクオ、誰かこの猫、飼いたいヤツおらんか?まあ、ウチの店で世話してもええんやけどな」
「さあ。誰かおるかな?オレの実家、おかんも親父も、めっちゃ猫嫌いやし・・・」
「わたし、飼います」
ユイの一言に、その場にいた男三人は驚いた。
「ユイ、マジで言ってる?」
「うん。めっちゃ、猫、飼いたかったんやもん。この子、絶対可愛くなるって」
ユイは、昔、実家で猫を飼っていたらしく、産まれたばかりの子猫の世話もしたことがあるという。
「マンション、大丈夫なん?」
「ホントはダメやけど、なんとかする。大きくなったら引っ越してもいいし」
ユイの決意と熱意は本物だ。
結局、本当にユイがこの子猫の母親になることになってしまった。
橋本さんと中島君に挨拶を済ませ、車に乗り込んだ。
生まれて数時間しか経っていない子猫は、段ボール箱ごと助手席のユイの膝の上に置かれて眠ったままだ。
帰り道の車内、ユイはご機嫌だった。
「あっ、起きた」
車を道の端に停めた。
段ボール箱の上から覗きこむ。
子猫は仰向けの体勢のまま、目を開いて焦点が定まらない視線をユイに向けている。
青く濡れた瞳は、顔の面積の大半を占めているように見える。
ユイが、タオルで目やにを取ってあげた。
「チェルビ」
突然、ユイが聞いたことのない言葉を口にした。
「チェルビーって、なに?」
「違う。チェルビ。ビーって伸ばさない。この子の名前。チェルビ」
「意味は?」
「意味なんかないよ。思いついただけ。可愛くない?チェルビって」
チェルビ。
この名前の持ち主は、じっと母親を見つめたまま動かない。
「チェルビ」
ユイが優しく声を掛けて、チェルビの前足に指先で触れる。
反応した前足が、びくんと小さく動いた。
「オレも触っていい?」
指先をチェルビの前足に持っていく。
チェルビは、両方の前足で僕の人差し指に、必死で抱きついてきた。
指先に小さな口元が押しあてられる感触は、僕になんとも言えない愛おしさをもたらしてくる。
「こいつ、お腹空いてるんちゃう?」
「うん。帰ったら、すぐミルク作るわ。我慢しててね、チェルビ」
僕とユイとチェルビを乗せた赤いステーションワゴンは、静かな夜の街を走り抜けた。
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