東シナ海のトカラ列島にガジャ島と言う無人島がある。随分昔にわずかな島民が離村し、無人島になっていた。
屋久島からは8時間の航海でこの島に幻の大魚を求めて何度も三日がかりで遠征した。
当時としては画期的で、関西のフィッシング雑誌にカラーグラビアで、「日本列島最後の秘境ガジャ島のベールついに剥ぐ
」
という大袈裟なタイトルで特集が組まれた。
26歳で、依頼があれば何処へでも行く不定期航路遠征瀬渡し船の船長をしていた頃だ。
「行きはよいよい帰りは怖い」という逃げ場も避難港もない国内最大の僻地。三本の指に入る荒海。
屋久島の漁師も大シケに強い船で大物を求めて遠征をかけたが、そういつも行けるものでもなかった。五十キロオーバーのカンパチやマグロがバンバン釣れるのだ。
ただ・・上がってきたら頭しかなかったと言うくらいサメの宝庫でもあった。
ダイバーも兼務していたから時間を見つけては潜って魚影を調べた。
夜も単独で珊瑚礁の海底洞窟の奥まで調査した。
50キロから100キロクラスのクエがいるのだ。
ウツボは太腿より太く、釣り上げられたウツボは20キロを超えた。
サメに対抗する炭酸ガス銃も必需品だ。
釣り人が磯から糸を垂れる真下の水深が深いところで50m近く、潜って行ける深さではなかった。
40mの海底近くで底を観察するしかなく、亜熱帯の黒潮本流ゆえに透明度は30m以上だ。
すぐ沖の百メートルくらいまで枕崎からカツオ一本釣り船が漁に来る事もある。
遠投して浮き釣りで数十キロのマグロが釣れるがとても上がらない。
磯の目の前を数十匹のカジキの群れがジャンプして通り過ぎた事もある。それが秘境と言われる由縁。
そんなものが磯から釣り上げられるはずもない。
釣り人の狙いは「巨大ヒラアジ」つまり、「カッポレ」とも言われる大物だ。30キロあれば標準だが、50キロを超えるものもある。
それと50キロを超える「クエ」で、2百キロ超えも目撃されている。カンパチも百キロを超える。
客に頼まれ、潜ってエサを突いたことがある。
1キロサイズのグレ。学名メジナと言うが、これを10匹くらい突いてきてくれと。この魚を一匹掛けのエサにするのだ。
記憶では40キロくらいのヒラアジ、学名ロウニンアジが時々釣れていた。
カッポレと言うこのアジの別名は、パワーで走り回るこの魚に釣り人が振り回され、その姿がカッポレを踊っているように見えるところからそう名づけられた。
リーフに潜れば1キロ~2キロの伊勢海老がウジャウジャいた。
二隻の船は入り江にアンカーを打って停泊、夜潜ってごっそり捕獲、たまには「温かくて豪勢な朝食を」と皆に呼びかけた。いつもは弁当を作って届けていた。
二十数人の客が次々に磯から船に乗り込みびっくり仰天、デッキの机にはテーブルクロス、そこには山盛りの伊勢海老の刺身、ぶつ切りの味噌汁、突いて来た大魚の刺身、酒・・と、盛り沢山
伊勢海老の刺身は一人茶碗に一杯分はあった。
まあ日頃の感謝を込めた「謝恩セール
」みたいなものだ。
ちなみに朝食弁当代は一人250円だったからその料金でやった。
その後「20年磯釣りをやってきたがあんな豪勢な食事は初めて」とヤマハ社長まで感謝状が届いた。
殺伐としたガジャ島には粋な朝食が似合う、夜ヒマ
な船長一人の労力だけで原価はタダだ。
船員は・・昼間は威勢が良かった。
「船長、僕も潜りますよ~
」と、野人が名付けた「マムシの頭
」を始め3人がそう言ったが夜になって全員・・沈黙
した。
彼らが怖いのはサメだけでなく巨大なバラクーダやダツの群れだ。
光に突進する習性があり、鋭く尖った口でウェットスーツごと串刺しになり死者も出た。
それに夜になるとガラリと雰囲気が変わり・・
不気味な島
になるのがガジャ島だ。
ウェットスーツが窮屈な野人は30mの水深でも裸で潜り続けた。
それから5年後、世界を航行した通信士と話す機会があった。
彼が世界中を旅して一番不気味な島
で寒気がしたのが、そのガジャ島と、サンフランシスコ沖の島だった。
そこに夜一人で裸で潜ったと聞いて、おぞましいものでも見るような顔をされてしまった。
あそこは人間を萎縮させる何かが絶対にいる
とまで言い切った。 間違ってはいない・・
彼の船の船員も皆そう感じたらしい。
「そんなモン
気にしていたら伊勢海老・・
食えんモン
」・・その一言で話は終わった。
食い気は・・魔物にも勝る
その後、NHKが船をチャーター、上陸して集落の後を撮影するのに一緒に上陸、同行したことがあったが、島の斜面は亜熱帯のジャングルに埋もれ、家の面影は跡形もなかった。
それらしき備品が発見されただけで引き揚げた。
自然の復元力はやがて人の形跡をも完全に消し去ってしまう。
もうあの島へ行く機会は二度とないだろう。
帰りたい気は少しあるのだが・・・。