最近味のわからない子供が増えて来ている。
大人よりも子供のほうが味に対する能力は優れている。
それは偏見のない本能とも言える。
本来の食材が少なくなった今日、魚や野菜よりもファーストフードに人気が集まるのは無理もない事かも知れない。
30年前、魚はスーパーのパックではなく、魚屋や行商から、丸のまま買っていた。
魚屋さんも気安く刺し身の注文に応じていた。
買うほうも魚の名前や旬の知識を知る機会が多く、「クロダイを刺し身にしてもらった」とは聞いても、刺し身を買ってきたとは聞かなかった。
刺し身は調理した瞬間が一番美味しく、時間と共に味が落ちて行く。
野菜と同様、便利さと引き換えに味を失ったとも言えるだろう。
純粋な味覚を持つ子供に好まれる訳がない。
魚であれ、野菜であれ、安くて便利であればと言う安易な考え方が日本の食文化の崩壊に拍車をかけ、一次産業の衰退を招いている。
釣り人を親に持つ子供は、常日頃から鮮度の良い魚を食べている。
そんな食生活に慣らされた子供はそれ以外の魚を食べない。
活きの良い魚を初めて食べた子供は「お母さん、この魚生臭くない」と言う。
味の解らない子供が増えたのではなく、味のない食事を作る親が増えたのではなかろうか。
現在の流通システムでは無理もない事だがそのシステムを望んだのは消費者。
味のある魚となるとやはりアジではなかろうか。
白身魚の味の判別は難しく、鰹と鮪、イワシやサバと数ある中、干物、刺し身、塩焼きと日常生活に密着して来た代表的な魚はアジだろう。
食べ易く、調理し易く、釣り易く、美味しく、誰からも好まれる。
しかしながら本当のアジの味を知っている人は少なく、「魚食文化の国」、と言い切れないところまで来ている。
日本沿岸のアジは、マアジを筆頭にムロアジ、ヒラアジなど種類が多いが、王様と呼ばれるマダイに対して、魚の女王と言われているシマアジはめったにお目にかかれるものでもない。
美味しさの代表はマアジだが、店頭に並ぶ普通のマアジと釣りマアジでは、味も価格も数倍の差があることはあまり知られてはいない。
網で大量に捕獲されるマアジはそのまま水氷に入れられ、暴れて身が痛み、血も回っている。
すぐに身に締まりがなくなり、昼までは何とか刺身で食べられても夕方には柔らかく生臭くなってしまい、翌日には「加熱用」となる。
それに対して釣りアジは活きたまま市場へ運ばれ、活魚で運ばれるか、あるいは一匹づつ活き締め、血抜き処理され、水氷で急冷、出荷される。
死後硬直の時間も長く、歯ごたえもあり、翌日でも生臭くない。もちろん焼いても格段の差が出る。
そのほとんどが料亭、鮨用として中央に出荷されている。
地方でも需要があれば、大量消費されるはずなのだが。
美味しい魚の三原則は「即死、血抜き、急冷」であり、肉類も同じ事が言える。
身に血が回った肉は流通しない。
漁業関係者や釣り人も知らない人が多く、一般の人はほとんど知らない。
漁協関係者に情報発信を進言しても、首を折ったり、魚の首に傷をつけると売れないからしょうがないと言う。
あえて生臭い魚を昔からこうだったと言う理由で流通させているのは、漁業関係者にも責任はあるが、食材の基本的な知識に乏しい消費者自身とも言えよう。
食品表示に目を光らせ、声を大にするエネルギーがもう少し足元のほうを向けば必ず美味しい魚は流通するはずだ。