やれやれ、奄美大島の旅のことを やっとゆっくりと書けます。



が、奄美大島のことを書く前に、2月に行った、仙台のことに触れなければなりません。


全部つながっていたのだ、と向こうでトリハダが立ったものですから・・・叫び



2月11日の仙台行き、個人セッションと、あと二つの目的がありました。


先日のブログにも書きましたが、



塩釜市にある、塩竃神社に参拝しました。


image

image


いつもお世話になっていて、私が「隊長」と呼ぶ、


天下泰平ブログ  の滝沢泰平さんは、この仙台の出身です。



偶然にも2月に仙台に行く直前、彼のブログには、


この塩竃神社について、




「“龍”宮城」とも云われる宮城県は、ここにこそ大龍神である



“艮(うしとら)の金神(こんじん)”



封印されている場所であるという説が根強く残っています。



長典男さんに聞くと、その有力な場所は古くから


東北鎮護・陸奥国一之宮として君臨する塩竈市の


「鹽竈(しおがま)神社」であるそうです。」




この一文を読んだとき、塩竃神社には、震災以前、何度か参拝したのですが、


このたびの仙台行きで 是が非でも行かなければ、と直感が走ったのでした。




さらに、仙台には、何度も足を運んでいたことがあったにもかかわらず、


この記事で初めて、青麻(あおそ)神社の存在を知りました。

image

image


天下泰平ブログより転載



「仙台市には大麻の神紋を持つ「青麻(あおそ)神社」もあります。




この神社のある地域一帯は、古代より大麻栽培が


非常に盛んな地域であったようで、この神社を中心に

里人に大麻栽培や活用方法を古代から戦前まで教えていたそうです。




さらに、この神社は「日月星」の三光神、



天照大御神・天之御中主神・月読神の三神を祀る「妙見信仰」の流れがあり、

また江戸時代より、天皇祭祀の白川家(伯家神道)より



神主許状と對馬の称号を賜っている「十種神宝」とも縁がある神社です。」



とありました。



実は今回の仙台行きのもう一つのきっかけは、



仙台での福山雅治ライブのチケットがたまたま、当選したことでした。




なんと、青麻神社、セキスイスーパーアリーナのすぐ近くだったのです。



もしかすると青麻神社の里人が住んだ一帯であるのかもしれません。

{D08FD7BD-76E6-4F58-8C3A-154CC519E679:01}

(見えにくいかもしれませんが、地図上の 赤い印の場所に青麻神社があり、


右側の楽天スタジアムのそばにセキスイスーパーアリーナがあります。)




image


「えー、そこですか」と笑われそうですけど、


福山ライブのチケット、当選するのはなかなか大変なんですあせる




一番、行きたかった横浜と、暖かい愛媛は外れてしまい・・・汗



よりによって、一番遠くて寒い、2月の仙台 飛行機



しかも地元の方々の言によると

「よりによって、一年で一番、雪の多い時期」なのだそうです雪






私が参加したのは12日で、前から2列目という、


まさに「神席」で、本来ならば浮かれてどうにかなりそうなのに、


なんだか、この日は、心の奥の方がざわざわして、いつもと感じが違っていました。


あくまでも、私自身の感覚ですが、どうも集中できない…という感じでした。


福山ライブは15日(日)まで開催されていたのですが、

13日に、お仕事で、私は東京へ移動しました。


15日の夜、私は東京での仕事を終えて、ホテルにいました。

夜中のテレビで、偶然、こんな番組が流れていたのです。






それは、「東日本大震災から、その後」というテーマで、


あのセキスイハイムスーパーアリーナの所長さんのお話でした。



アリーナのある敷地一帯は、グランディ21という運動公園になっていて、



運動場や、体育館、合宿所や野球のスタジアムもあります。


あの震災の日、体育館にはたくさんの人がやって来ていたのですが、


帰宅できなくなったため、近くの合宿所に避難してもらったそうです。


ここは高台にあるので、さらに近隣の方々も続々と 避難してきたそうです。


混乱を極める中、その日の深夜、アリーナの所長さんのところに、



宮城県庁から、一本の電話が入ったのです。



それは、津波の犠牲者の方々の棺を、アリーナに並べたいのだが、という

県からの打診だったそうです



「県内にこれだけの面積をもった施設は他にありませんから、



うちで良ければ、と即座にお受けすることにしたのです」


翌日から、続々と、アリーナには、棺が運びこまれて来たそうです。


震災の数日前に、偶然にも温水プールの水を新しく入れ替えたばかりだったそうで、



そのお水で、ご遺体を洗って納棺したのだそうです。


所長さんは、家族を探しに来られる遺族の方々の応対を、



率先して勤められたといいます。



震災後、アリーナは「死」に直面する空間となっていたのでした。




かたや、合宿所の方では、着の身着のままで避難してきた方々が、



自発的に炊き出しを始めたり、連携して物資を分け合ったりして



こちらは「生」を感じられる空間として、存在していました。





所長さんは、二つの施設を行き来して、人の生き死にのさまざまな場面を



目撃し、体験したのだそうです。



言葉に尽くせない、壮絶な体験であったことは想像に難くありません。




なぜ、この寒い時期に、仙台を、福山さんが年末年始のライブツアーの



千秋楽の地に選んだのか。



そしてなぜ、自分がこの地に招かれたのか。



いろんなことがつながっていたのだなぁと、理解したのでした。




アンコールの最後に歌われた 「暁」という曲は


鎮魂歌(レクイエム)のように思えました。


https://www.youtube.com/watch?v=OOelKMJwlBU



歌や踊りの芸能的なものは もともとは 


神や精霊にささげる「祭祀」のような役割から始まっていると


私は思っています。



そこに投げかけられた音や光が



観衆の魂と一体になる時、目に見えない光の柱が立つような気がします。




そして、ストーリーは、2月21日の奄美大島へと続くのでした・・・。




                              つづく!













☆メルマガの登録は こちらへ


http://mission-navi.jp/index.html



☆セミナー・イベント情報


http://mission-navi.jp/event.html



☆お問合せはこちらへ


    ダウン


 ラブレター http://mission-navi.jp/contact.html



手紙 mission-navi@mission-navi.jp