人生には、何度も出てくるものがあるらしい。
私の場合、それはなぜか鼻のチューブ。
最初に鼻のチューブに出会ったのは、実はまひの父親だった。
結婚していた頃、彼は仕事のトラブルに巻き込まれ、暴行を受けて顎を複雑骨折した。
緊急手術になり、しばらく食事ができず、鼻のチューブで栄養を入れていた。
私はその介助をしていた。
当時は、それが自分の人生に関係してくるなんて思ってもいなかった。
ところが数年後。
今度は私自身が顎変形症の手術を受けることになった。
術後は食事ができず、やはり鼻のチューブのお世話になった。
その時初めて、
「ああ、あの時はこんな感じだったのか」
と、かつて介助していた立場とは逆の景色を見ることになった。
そしてさらに年月が流れた。
今ではさくが鼻のチューブで栄養を摂っている。
毎日のように扱うので、私にとっては特別なものではなくなった。
けれど、ふと振り返る。
まひの父親。
私自身。
そして、さく。
まるで関係のない出来事のようでいて、一本の線で繋がっている。
その時には意味がわからない。
なぜこんなことが起きるのかもわからない。
けれど人生は、あとになって答え合わせをするようなところがある。
「あれはここに繋がっていたのか」
そんなことが時々ある。
もちろん、できれば鼻のチューブ以外で伏線回収してほしかった気もする。
それでも、あの頃の経験があったから、今の私は困らずに済んでいる。
人生に無駄な経験はない。
そんな綺麗な言葉で片付けるつもりはないけれど、
少なくとも私は、
無関係だと思っていた出来事が後から繋がっていく不思議さを、何度も味わってきた。
だから最近思う。
人生は前に進みながら理解するものではなく、
振り返った時に初めて意味が見えてくるものなのかもしれない。
たかが鼻チューブ。

されど鼻チューブ。