第十二章 愛に包まれる命の灯 3
カルシファーは久しぶりにルチアの手の上で恋人の顔を見上げて、さも嬉しそうに体を揺らしながら言いました。
「この忌々しい呪いを解く最後の力がどうしても出せないんだよ」
「アモーレ、わたしに何かできることがあるかしら? どんなことでも出来る限りやるわ」
「いや、そんなに難しいことじゃなくて・・・」
カルシファーは恥ずかしそうに続けます。
「キスしておくれよ。あんたが知っているいつものやり方で。おいらの命の力を高める一番の近道なんだ。もし今のうちに暖炉に薪を積んでおいてくれたら、おいらそこへ戻った時に、何とか全力を出して呪いを破ってみるから」
みんなの前でキスしてほしい?!
あまりにもはっきりとカルシファーが言うので、人々も顔を赤らめるし、ルチアは真っ赤になってうつむいてしまいました。
あのクリスマスの雪の日のファーストキスから見たら、見事に逆の立場です。
しかしカルシファーが思いつめたような顔をして、ルチアの手の中で早くしろとばかり揺れるので、彼女は勇気を出して炎を顔の前まで持ち上げました。
レティーとマーサは興奮して片腕を抱き合いながら彼らを見守っています。
カルシファーはすでに目を閉じて唇を突き出し、万全の準備を整えています。
その顔を見て一瞬ルチアは思わず顔をほころばせてしまいました。
人々の熱い視線が気にはなったのですが、ルチアはすぐにそれを忘れてカルシファーに顔を近づけました。
これは真剣な生命の闘いの締めくくりなんだわ。
わたしも彼の闘いに力を添えるのよ・・・
二人の唇が静かに重なると、カルシファーの蒼い体はふわーっと明るく輝いてかすかに震え、だんだんと暖色系の色に変わり始めました。
二人はあの丘の上の日の大きな歓びを思い描きながら、十秒ほどずっとそのままでいました。
ルチアの目から涙がこぼれます。
もう少しで失いそうになった大切な大切な愛の炎が、みんなのおかげで再びこの胸に元気で戻って来ようとしていたのですから。
ルチアはそっと顔を左右に振りながらカルシファーの唇を自分の唇で愛撫しました。
炎の中に歓びが湧き上がるのを感じると、ルチアは顔を彼から離して、カルシファーの唇の間から静かに愛念を込めた息を吹き込みました。
するとパッとバラ色の炎が高く吹きあがったので、ハウルを除く人々は声を上げて動揺しました。
ルチアは体内から甘い刺激を受けて激しく興奮するカルシファーに、さらに二度ほど息を吹き込んで十分に高揚させると、マイケルとトーマスに支えられて椅子から立ち上がりました。
白いネグリジェをまとったまま、暖炉に向かって1mもの高さに立ち上るるバラ色の炎を運んでいくルチアは、まるで神殿の祭壇に聖火を捧げるお巫女さんのように気高く見えます。
ルチアは薪の上にカルシファーを下ろすと急いで手をひっこめて、マイケルとトーマスは両脇から彼女の体を後ろに引いて暖炉から離れました。
ボンッ!という爆発音を立てて、薪が一気に燃え上がったのです!
それはオレンジ色をした普通の炎でしたが、ごうごうと煙突にまで達するような勢いで吹き上げる、熱くて力強い炎でした。
そのオレンジ色の炎が鎮まって下へ下がってきたとき、
「みんな、おいらを助けてくれて本当にありがとう!」
という元気なカルシファーの声が聞こえ、色鮮やかな緑色の陽気な巻き毛と、明るくて蒼い顔をもった懐かしいカルシファーの顔が現れました。
同時にハウルの肩の傷と、マイケルとサリマンの火傷のじくじくした苦痛はたちまち癒されて、傷は跡形もなく消えてしまいました。
「やったーっ!!!」
「治ったぞーっ!!!」
「ばんざぁいっ!!!」
人々は全員歓喜の叫び声を上げて抱き合い、手を取りあって踊り回り、城の中は大騒ぎになりました。
フェアファックス夫人は元弟子のレティーに言いました。
「カルシファーってこんなお顔でしたっけ? もっと細くて悪者面だったと思いましたわ。だって以前より丸みを帯びてますし、お鼻も陽気な感じですし、牙がうんと短くなってませんこと? それに唇がふっくらして魅力的になったわ」
「そうですねぇ・・・たぶん、ルチアに開発されたんでしょう。それに牙が長かったら、キスするときにあの子を傷つけかねませんからね」
とレティーは笑いながら答えました。
騒ぎが一通りおさまると、ハウルは自由になった左肩を振り回して運動しながら暖炉に近づいて言いました。
「さて、火の玉親分。おまえには散々振り回されたな」
カルシファーは煙突を背にして後ずさりをしながら、みんなの前で初めて謝りました。
「ごめんよ。今回はみんなに本当に悪いことをしたと思ってるんだ」
ソフィーが肩を持ってくれました。
「気にしないでよカルシファー、あたしたちの方だって、あんたを自由にした瞬間からああいう日が来るっていうことを予想してなきゃいけなかったんだから。良かったわね。ルチアに会ったあとのことで」
「まったくソフィーときたら、ぼくが言うことの反対ばっかり言うんだから!」
とハウルがつぶやいてそっぽを向いたので、みんなは大笑いしました。
ハウルは小さな椅子を持ってくると、ルチアの前においてギブスの足をその上に乗せてから、カルシファーに言いました。
「じゃぁ、このドタバタの総仕上げをしよう。カルシファー、体力はあるかい?」
カルシファーは急いで壁から離れ、炉格子の前に乗り出して答えました。
「あるとも。あんたが組んでくれれば怖いもんなしだ」
ハウルが空中にサインを描くと、カルシファーは青黒く膨らんで、縮んで、また膨らんでを繰り返しました。
すると椅子の上のギブスに亀裂が入って砕け散り、中からルチアの足が若干痩せ細って表れたのです。
足首は元に戻っていましたが、このままでは立てそうにもありません。
ハウルのサインが変わり、今度はカルシファーの色が暖かいオレンジ色に変わってルチアの足に力を与えていきました。
「さぁ、これでいいはずだ。立ってごらん。アイトスのお転婆さん?」
ハウルが笑いながら言ってルチアに手を差し伸べると、ルチアは嬉しそうにハウルの手を取り、左足を椅子から下ろしてしっかりと立ち上がりました。
みんなは拍手喝采して歓声を上げ、ルチアの肩を抱いたり叩いたりして、恐ろしかった日々の終結を祝いました。