第二章 異次元の城へ 1 | カルシファーに愛を込めて

第二章 異次元の城へ 1


それからちょうど1年ほど経ったある初夏の午後。


マイケルとトーマスはジェンキンス魔法店で客の注文の品作りに、ソフィーはジェンキンス生花店でそろそろシーズンとなった結婚式の花束作りに、モーガンは小学校の宿題で出された初めての幾何学の宿題に、それぞれ忙殺されていました。


開け放った城の窓からは、クリーム色のカーテンをはためかせて乾いた心地よい風が吹きこんできて、流しの中のユリや、バラや、スズランなどの香りをリビングにまき散らします。


夕方も近づいて来たと思われる頃、カルシファーが突然叫びました。



「ウエールズの扉だ! ルチアが遊びに来たんだ!」



そして普段の落ち着きも失ったような嬉しさでひょいと暖炉から飛び出すと、何と自分からドアに飛んで行ってウェールズのドアを開けたではありませんか!



霧の中から現れたのは、香り高い黄金のエニシダの花を抱えたルチアの姿でした。


見事な艶のあるストレートの髪は栗色で、首の後ろでポニーテールにして縛っていて背中の真ん中まで垂れていました。


顔は丸くて陽気な笑顔、ぽっちゃり体型で背は低く、全体的にころんとして見えます。


本当は色白なのかも知れないけれど、肌は強い南国の日差しのために小麦色に日焼けしていて、頬にはそばかすが飛んでいました。
瞳の色は濃い褐色で、よく見ると眼の大きさが左右でちょっとだけ違うようです。


大事そうにかけている胸のペンダントには、不思議な黒い石がはめ込まれていました。
あまり美人ではないけれど、可愛らしい印象を受ける女性でした。



「カルシファー、みなさん、こんばんは! 覚えていらっしゃいますか? わたし、ルチアです」


トーマスは彼女のそばに歩み寄って握手をしました。


「覚えていますよ。お元気でしたか? 大学は夏休みですか?」


カルシファーは生れて初めての自分のお客さんを得意そうに暖炉の前に案内して、クッションの乗ったソファーをすすめてあげました。


「ありがとうカルシファー。お優しいところは変わらないのね! 良かったわ。ええ、トーマスさん、カレッジコースを卒業しました。わたし、教師には向かないと思って3年生には進まなかったんです」



マイケルもトーマスを見習って、握手をしながら言いました。


「ようこそいらっしゃいました。ぼくはマイケル=フィッシャーと言います。トーマスの兄弟子なんです。あなたはカルシファーのお友達なんですか?」


マイケルにはまだ小さな双子がいる家族があるので、一緒にキャンプには行かなかったのです。


なので彼にとってはカルシファーのお友達というのが不思議で不思議で仕方がなかったんですね。


「カルシファーは命の恩人なんですよ。暗い夜の森の中で迷っていたわたしを、あの光で案内して助けてくれたんです。」


「そんなことがあったんですか・・・ハウルさんも誰も、ぼくにそういうことはいっさい教えてくれなかったんですよ。モーガン、君はルチアさんを覚えてるだろ? 挨拶しないのかい?」



モーガンもルチアを覚えていましたが、何しろまだ9歳。
恥ずかしい年ごろなので、せっかくルチアが机の傍まで近づいてきたのに、挨拶もできずに机の隅に寄って、じーっと彼女を観察していました。


「モーガン君、こんばんは。ツァプファン国の折り紙を持ってきたのよ。あとで一緒に何か作ってみる?」


それでもモーガンは恥ずかしがったまま、ルチアの握手にちょっぴりだけ手を出して触れただけで、机から飛んで行って階段に座ってしまいました。



一通りの挨拶が済んでから、ルチアは大きなナップザックを下ろして、ソファーに腰をかけました。


「ハウルさんとソフィーさんはどこにいらっしゃるのかしら?」


マイケルがポットから茶碗にお茶をつぎながら答えます。


「ハウルさんは王宮でお仕事してるんです。でも今日は夕ご飯には帰って来るって言ってましたよ。ソフィーさんはここの花屋でお仕事していますが、今は声をかけられる状態じゃないんですよ。何しろ結婚式のシーズンだから、お客さん相手に忙しくて。だからここで待っていらした方がいいですよ」


お茶をソファーに運んだマイケルは、礼儀正しいルチアに好感を抱いたようでした。


「ありがとうマイケルさん。そうそうカルシファーとみなさんに、ツァプファン国のお土産を持ってきたんですよ。お茶をいただいたらお見せしますね」



トーマスが感嘆の声を上げました。


「聞きましたかマイケルさん! ルチアさんは目がよく見えないのに、一人であの遠いツァプファン国に4年間も留学していたんですよ! その上カレッジのツァプファン語学科も出ているんです」


「ツァプファンかぁ! 太陽が昇る東の果てにあるっていう国だな。金だか銀だかがどっさり取れるとか、サムライがいるとかいう噂の・・・」



ルチアの顔に思わず笑いがこみあげました。


カルシファーがいつか言っていたように、この城がウエールズ・・・というより自分がいた時代・・・とは違う世界なのだということを察知したからです。


まぁ、今の時代でもわたしの国の人たちの中にはツァプファンにサムライがいると思っている人たちがいるわ。でも金や銀がどっさり取れることを信じてるなんて、そりゃぁ大変。それにここの人たちにとっては、確かに目が見えない人が一人でツァプファン国に行くなんて信じられないことに違いない!


まさか、ラクダに揺られてシルクロードを?!



暖炉で寛ぐカルシファーの炎をにこにこして眺めながら、お茶を楽しんだルチアは言いました。


「ああ、美味しかった! ウエールズに早く着いて、日が暮れる前にここを見つけられて本当に良かったわ。住所どおりの黄色い家を見つけた時も、カルシファーがわたしの夢に過ぎなかったらどうしようってとても不安だったの」


カルシファーは不満げに体を揺らして言いました。


「不安だったって? ルチア、だっておいらたち、約束したじゃないか」


そして、ふいに自分の言葉にびっくりして口を閉じてしまったのです。


・・・おいら、何てこと言ってるのかな。悪魔らしからぬことを・・・。


ルチアは立ち上がって、大きなナップザックの中をしばらく一生けん命にかき回してから、お土産に持ってきたツァプファン国のこんぺいとうの袋をいくつも取り出して皆に見せました。


それは透明な袋に入っている色とりどりの星の形をしたキャンデーで、袋の口はかわいいピンクのリボンで縛ってありました。


マイケルとトーマスは声をそろえて叫びます。


「綺麗ですねー! 本当にちっちゃい星がいっぱいきらめいているみたいですよ!」


その言葉に、階段に避難していたモーガンも飛んできました。
「わぁ、綺麗だなぁ! 一つちょうだい!」


ルチアは笑いそうになりながら袋を開けました。
…そうよ。子どもはお菓子と遊びには心を開くものよね!


みんなの手のひらに少しずつこんぺいとうをあけながら、こぼれないようによく見ようとしているルチアは目を細くしています。


「そんな風に目を細めると、少しは見えるんですか?」
とトーマス。


「わかんないけど、自然にやっちゃうのよ。自分でも意識してないかも知れないわ」


とルチアがあのかわいらしい声で笑いながら言いました。


そしてこんぺいとうをいくつか自分の手のひらにあけてから、暖炉に行って跪きました。


「さぁ、お城の守護神さま。こんぺいとうをお捧げしましょうか?」


カルシファーはその言葉にびっくりして緑の炎をパッと吹き上げました。


「冗談は止めてくれよ。おいらは火の悪魔だぞ!」


「暖炉には悪い者は居られないものよ。じゃぁ、命の恩人のカルシファー、お一つどうぞ。はい、アーンして!」


こう言ってまた熱いのに無理して炎に顔を近づけながら、紫の口に火傷を覚悟でお菓子を入れてあげるのです。


みんなは慌ててルチアに言いました。


「そ、そんな危ないことをしなくても、カルシファーは一人で勝手に食べますよ!」


ルチアはまた笑いながらみんなに答えました。


「わかってますよ。一応、火ですものね。でもわたしが勝手にこうしたいのよ。だから火傷をしてもわたしの責任よ」


「そうはいくかよ! ルチアに火傷をさせたら、嫌なのはやっぱ、おいらだぜ。ルチア、遠くからおいらに放ってくれたら、おいら受けて食べてみせるよ」