子供の頃、健康優良児にノミネートされた話 | kyupinの日記 気が向けば更新

子供の頃、健康優良児にノミネートされた話

今日は自分の子供の頃の話だが、読者の皆さんにも参考になると思いアップしている。

僕は小学校6年生の時、健康優良児の最終ノミネート4名まで残った。自分は考えてもいなかったが、ある日、校内の畳の部屋に呼ばれ、4人が横一列に並ばされた。その時、目の前には校長先生がいた。

その4人の中では自分が最も小さい印象であった。周りはそのくらい体格が良かったのである。

当時、既に病気の始まりの頃で、4人の中で最も顔色が悪かったのではないかと思う。それでも、あのようなマンモス校で4人に残れたのは、かなり体格が良かった方とは言える。うちの父親はあの時代の人にしては身長が高かったこともある。

校長先生は目の前で、

みんな体格が良いなぁ・・

と言い、それだけで決定されたようである。最終的には校長先生の「鶴の一声」で決まったものと想像する。健康優良児に決まった子は、僕よりは格段に体格が良く、自分なんて問題にならなかった。

前々回の記事で出てきた6年時の男性担任は、その校長を非常に嫌っており、よく悪口を言っていた。その1つは「健康優良児の選定では自分の好みで決めるので、その後、滑稽なことに良くなる」と言うものであった。(詳細は重要ではないので省略)。

日常の担任の話はイメージとして頭の中に残り、その考え方は子供に伝染する。


6年生の頃は健康を害していたのに顕在化していない状況で、そのために学校を休むことはなかった。僕は1年生の頃から、たまに急性腸炎のような疾患で1年のうち1~2日休んでいた。1年を通して皆勤だった年は、たぶん2年間くらいである。

これは学校を休んだ子にしかわからないと思うが、たまに休んだ後、登校した日の友人の優しいこと。まさにジーンとなるほど。周囲の子供の気持ちがこちらに伝わってくるのである。

当時の児童は外で一緒に遊ぶことも多く、特に僕が通った小学校は2時間目が終わった後、週に1日くらい、全校生徒が一斉に裏山に登っていた。その際に転ぶ子供も多い。軽い擦過傷くらいはしばしばで、同級生はこのような児童をサポートするというか、助けるような「実地体験」を積んでいた。他の子を思いやる場面がよく出てくるのである。

つまり「心の理論」などは、このような遊びを通じて育まれる部分も大きいのではないかと思う。

最近の子供たちは、古典的な遊びをあまりしなくなったので、この点でトレーニングが不足していると見ることもできる。

小学校の通信簿には、成績と行動評定に加え、先生の短いコメントが記載されていた。このコメントにはもちろん学科のこともあるが、行動面の特性に言及されていることも多い。

このような通信簿のコメント内容は、手に入る場合、精神鑑定などで参考になる資料である。

小学校の教諭は、やはり子供をよく見ており、この短いコメント欄にその子の本質的な特性が語られていることがある。

(今日の記事は別の話だったが、長くなりそうなので急に止め、タイトルを変更している)

参考
統合失調症は減少しているのか?