頭のない人が歩いて来る
リエゾンで「頭のない人が歩いている」という奇妙な訴えを聞いた。厳密には僕が本人から聞いたわけではなく、看護師さんが本人から聞いたらしい。これは看護記録でも、複数の看護師にそういう記載が見られているので間違いないであろう。
僕が診察時は既にそのようなことを聞ける状態になかった。昏迷に近い亜昏迷状態だったからだ。全く服薬もできず、食事も摂らず、点滴だけ受けていた。こうなる直前には拒薬も酷かったらしい。
偶然、診察時に家族に会うことができたので、今までの生活歴を聞くことができた。どうも彼女は性格的にウェールズの人らしい。(過去ログ参照)
ということは、今の亜昏迷は非定型精神病の色彩が大きいといえる。だから「頭のない人が歩いて来る」といった奇妙な幻視が出現したのだろう。実際、頭部のない人が自分に近づいて来れば、かなりの恐怖感が湧くと思われる。既に身体疾患は概ね片付いていたので、症状性でもその残り火がトリガーになっていると思った。ということは、放っておいても良くなる可能性が高い。
家族には、「これは放っておいても次第に良くなりますよ」と伝えた。(←さすがにアホっぽい・・)
亜昏迷が改善すると、前よりむしろ良くなるかもしれないと思ったが、それは言うのはやめておいた。マーフィーの法則になりかねないから。
しかし、今のところ亜昏迷でフリーズ状態なので、時間がかかると褥瘡などもできかねない(参考)。可能なら薬物治療したいと思った。
こういう時、精神科医が最も気になる血液の検査所見はCPKである。これが非常に高い場合(5000とか)、悪性症候群も鑑別診断に挙がるので、使える薬物に制限がかかる。だからCPKなどの血液検査を至急で出してもらった。
補液は重要なので、とりあえずこれだけはしてもらうことにした。結局、食べないので注射剤しか使えない感じなので、良さそうなものとしてセルシンを選んだ。こういう状況で不整脈がガンガン出ている人がいる。セルシンはそういう人には使わない。
結局、極端にCPKが高くないならセルシンを筋注することにした。僕はアキネトンでも良いと思ったのだが、少量ならセルシンがむしろ安全である。過去ログでは僕の先輩の医師がアキネトンだけで治療したことが書かれている。
ところが、その病院はセルシンは10㎎アンプルしかなかった。実は武田のセルシンの注射剤は5mg、10㎎アンプルの2種類の剤型があるが、アステラスのホリゾンはなぜか10㎎アンプルしかない。以前から思うが、製薬会社が何を考えているか謎である。
僕はセルシンの5㎎アンプルの半アンプルを隔日で筋注してもらおうかと思っていた。仕方がないので、10㎎アンプルの4分の1アンプルを隔日に筋注するように指示した。ただし、CPKが極端に高くない場合である。
CPKが非常に高い場合は、とりあえず何もせず点滴くらいで経過観察しようと思っていた。彼女は調査した限りでは、抗精神病薬を処方された経緯がないので、薬物性とされる悪性症候群は定義からして矛盾している。
リエゾンで良いと思うのは、一般科の医師はこういう人に幻覚があるからといって、セレネースやリスパダールを安易に処方していないこと。だから、こちらとしてはとても助かる。病態がわかりやすくなるから。抗精神病薬を処方されていないことは、こういう昏迷の場合、極めて重要である。
こういう状況で、上に書いたような奇妙な幻覚があるからといって、セレネースを注射するのは非常に危険だ。そのまま悪性症候群に移行しかねないから。ジプレキサザイディスを服用させるのも同様である。ただ、ジプレキサザイディスの場合は、まさに魔法が解けるように改善することは十分にあると思う。
つまり、ジプレキサザイディスを投与するのは賭けの部分が大きい。(セレネースを筋注するのは論外)
賭けなんて書くと不謹慎と思う人もいるかもしれない。しかし医療なんてすべて確率なのである。パニック障害へのSSRI処方は、良くない人もいるだろうが、確率的に良くなる可能性が高いから推奨されている。
この場合は、確率的に良くないケースが十分にありえるので、セレネースやジプレキサザイディスは避ける。それだけだ。
彼女の検査所見は正常であった。もちろんCPKも正常範囲内である。仔細にみると、彼女は著しい筋強剛があったし、発汗も見られていたので悪性症候群に近い病態だったのには間違いない。だから補液が重要なのである。
看護師さんには1日おきにセルシン2.5㎎を筋注するように指示して帰った。
翌週行ってみると、既に彼女は全快していた。看護師さんによれば、2回目のセルシンを打った頃から動きが急に出てきて眠り姫は目を醒ましたらしい。
1週間目には普通に喋れるようになっており、彼女の性格なども本人からいろいろ聴くことができた。彼女によると、時々うつ状態になっていたようである。
今回の亜昏迷の理由は、たぶん身体疾患によるものであろう。どういうメカニズムなのかは今も不明のままだ。
やはり、ウェールズの人は回復力のケタが違う。彼女たちは結局は悪夢から脱出できることが多いのである。
彼女は次の週に行ってみると、既に軽快退院となっていた。
彼女には薬は必ずしも必要ない。飲んでも悪くはないと思うが、たぶん本人が飲まないと思う。
参考
悪性症候群の謎
僕が診察時は既にそのようなことを聞ける状態になかった。昏迷に近い亜昏迷状態だったからだ。全く服薬もできず、食事も摂らず、点滴だけ受けていた。こうなる直前には拒薬も酷かったらしい。
偶然、診察時に家族に会うことができたので、今までの生活歴を聞くことができた。どうも彼女は性格的にウェールズの人らしい。(過去ログ参照)
ということは、今の亜昏迷は非定型精神病の色彩が大きいといえる。だから「頭のない人が歩いて来る」といった奇妙な幻視が出現したのだろう。実際、頭部のない人が自分に近づいて来れば、かなりの恐怖感が湧くと思われる。既に身体疾患は概ね片付いていたので、症状性でもその残り火がトリガーになっていると思った。ということは、放っておいても良くなる可能性が高い。
家族には、「これは放っておいても次第に良くなりますよ」と伝えた。(←さすがにアホっぽい・・)
亜昏迷が改善すると、前よりむしろ良くなるかもしれないと思ったが、それは言うのはやめておいた。マーフィーの法則になりかねないから。
しかし、今のところ亜昏迷でフリーズ状態なので、時間がかかると褥瘡などもできかねない(参考)。可能なら薬物治療したいと思った。
こういう時、精神科医が最も気になる血液の検査所見はCPKである。これが非常に高い場合(5000とか)、悪性症候群も鑑別診断に挙がるので、使える薬物に制限がかかる。だからCPKなどの血液検査を至急で出してもらった。
補液は重要なので、とりあえずこれだけはしてもらうことにした。結局、食べないので注射剤しか使えない感じなので、良さそうなものとしてセルシンを選んだ。こういう状況で不整脈がガンガン出ている人がいる。セルシンはそういう人には使わない。
結局、極端にCPKが高くないならセルシンを筋注することにした。僕はアキネトンでも良いと思ったのだが、少量ならセルシンがむしろ安全である。過去ログでは僕の先輩の医師がアキネトンだけで治療したことが書かれている。
ところが、その病院はセルシンは10㎎アンプルしかなかった。実は武田のセルシンの注射剤は5mg、10㎎アンプルの2種類の剤型があるが、アステラスのホリゾンはなぜか10㎎アンプルしかない。以前から思うが、製薬会社が何を考えているか謎である。
僕はセルシンの5㎎アンプルの半アンプルを隔日で筋注してもらおうかと思っていた。仕方がないので、10㎎アンプルの4分の1アンプルを隔日に筋注するように指示した。ただし、CPKが極端に高くない場合である。
CPKが非常に高い場合は、とりあえず何もせず点滴くらいで経過観察しようと思っていた。彼女は調査した限りでは、抗精神病薬を処方された経緯がないので、薬物性とされる悪性症候群は定義からして矛盾している。
リエゾンで良いと思うのは、一般科の医師はこういう人に幻覚があるからといって、セレネースやリスパダールを安易に処方していないこと。だから、こちらとしてはとても助かる。病態がわかりやすくなるから。抗精神病薬を処方されていないことは、こういう昏迷の場合、極めて重要である。
こういう状況で、上に書いたような奇妙な幻覚があるからといって、セレネースを注射するのは非常に危険だ。そのまま悪性症候群に移行しかねないから。ジプレキサザイディスを服用させるのも同様である。ただ、ジプレキサザイディスの場合は、まさに魔法が解けるように改善することは十分にあると思う。
つまり、ジプレキサザイディスを投与するのは賭けの部分が大きい。(セレネースを筋注するのは論外)
賭けなんて書くと不謹慎と思う人もいるかもしれない。しかし医療なんてすべて確率なのである。パニック障害へのSSRI処方は、良くない人もいるだろうが、確率的に良くなる可能性が高いから推奨されている。
この場合は、確率的に良くないケースが十分にありえるので、セレネースやジプレキサザイディスは避ける。それだけだ。
彼女の検査所見は正常であった。もちろんCPKも正常範囲内である。仔細にみると、彼女は著しい筋強剛があったし、発汗も見られていたので悪性症候群に近い病態だったのには間違いない。だから補液が重要なのである。
看護師さんには1日おきにセルシン2.5㎎を筋注するように指示して帰った。
翌週行ってみると、既に彼女は全快していた。看護師さんによれば、2回目のセルシンを打った頃から動きが急に出てきて眠り姫は目を醒ましたらしい。
1週間目には普通に喋れるようになっており、彼女の性格なども本人からいろいろ聴くことができた。彼女によると、時々うつ状態になっていたようである。
今回の亜昏迷の理由は、たぶん身体疾患によるものであろう。どういうメカニズムなのかは今も不明のままだ。
やはり、ウェールズの人は回復力のケタが違う。彼女たちは結局は悪夢から脱出できることが多いのである。
彼女は次の週に行ってみると、既に軽快退院となっていた。
彼女には薬は必ずしも必要ない。飲んでも悪くはないと思うが、たぶん本人が飲まないと思う。
参考
悪性症候群の謎