精神科医は書類に忙殺される(後半) | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科医は書類に忙殺される(後半)

精神科医は書類に忙殺される(前半)の続き。

近年は介護保険の診断書を書く機会が増えた。かつて、介護保険の制度はなかったが、高齢者の増加に伴い2000年4月に施行されている。海外の介護保険制度に習い実施されたようである。

この制度の最大のポイントは「現物給付」に限られていることであろう。

介護保険はお金が貰えるわけではなく、障害の程度(介護の必要の程度)に応じて、いろいろな福祉サービスが受けられるのである。介護度はさまざまなパラメータを積分した形になっているため主に身体的障害が重視され、アルツハイマー型認知症は軽い介護度になることが多い(認知症の時間評価がし辛いためと思う)。実際、動ける認知症の方がかえって手がかかるのに。

介護が必要な在宅の老人ではヘルパーさんが訪問して食事などを作ってくれたり掃除をしてくれたりする。あるいは、デイケアに通うことやショートステイなどもできるが、直接お金を貰えるわけではない。(自己負担金がある。介護度はどの程度利用できるか、その限界を決めているといえる。)

だから、例えば介護の総額が月17万円かかっているのに、同居している本人の娘さんが月8万円のパートに通っているというような奇妙なことが生じている。このケースでは娘に14万くらい渡して、パートを辞めてもらい母親の面倒をみさせた方が国の支出は減少する上、家族の総収入も増え、母親も喜ぶかもしれない。もちろん嫌がるかもしれないが。(重要点は国の総支出が減ることであろう)

ドイツなどでは現金給付の他に金銭的な援助を得て家族で面倒をみるような選択肢もあると聞いた。日本でも自己負担金が高いと言って、デイケアに通わせず自分たちが面倒を診ている家族がいるほどである。要介護者の家族が全て同じような感性を持っていると思うのは間違っている。

あの介護保険という制度は、コスト感覚ゼロの非効率なものがどこかしこにある。

介護保険の発足の前に、ある地方で施行前のシミュレーション的な会合にしばしば出席していた。僕は当初は精神科医と組んだので、わりあい認知症の評価を実態に合わせるようにし、動ける認知症は要介護2~3くらいに判定していた。介護保険はまずコンピュータ評価されるので、その後、会議でコンピュータで判断できない部分を訂正するようになっている。だから、もちろん人為的なものが入る。動ける認知症の老人が介護に困るのは、一時も油断できないからである。そういう視点では要介護1で良いはずはない。

ところが地域を変わると同様にはいかなくなった。ある地域の会議では判で押したように身体が健康な認知症の老人は要介護1になった。しかし眼科のドクターと組んでいたし、市内の他の会議で1なのに、ここだけ2あるいは3というのは逆に公平を欠く。だから僕は色々言いたいことはあったが、あまり主張はしなかった。

今はもう辞めてしまったが、5年間くらいは出席した。あの会議はどのような人たちが参加しているかと言うと、医師2名に介護関係の人たちや公務員の人たちが更に数名加わるのである。たった1時間か1時間半くらいで終わるのに、その報酬はなんと1回12000円くらいあった。時給約1万円である。(←ただ、月に1度しか参加しないのでこれで蔵が建つわけではない)。

何人参加しているか、また市内に会議のグループがいくつあるかを考えれば、その介護の判定会議だけで国がいかに出費をしているかがわかる。どう考えてもわざわざ仕事を作り、特別に報酬を得ているようにしか見えない。もちろん、あの会議が全く無駄とは言わないが。

その他、介護保険の金銭の流れが複雑になっていることもあり、不正受給事件も時々報道されている。

しかし、既に介護保険は巨大産業になってしまったので、今さら現金給付の選択肢を導入するのは問題があるだろう。なぜなら、介護保険は膨大な雇用をもたらし、今さら止めるに止められないからである。特別な不景気下では、「非効率」のなかにも良い面はある。日本風のニューディール政策のように。

いわば、赤字垂れ流しの地方競馬が、それらにかかわる人々の雇用を維持するために廃止できないのに似ている。少なくとも、年末に意味なく道路を掘り返したり、いずれ民間に二束三文で売り払わねばならなくなるような簡保の施設を造るよりはずっとマシだ。年末に忙しい中、道路を掘り返しているのは、予算をこなさないと、来年の予算が減額されるからだ。

しかし、この介護保険は深く考えていくと、少し意味合いが違った問題があることに気付く。

日本人的には、もし現金給付も選択できるようになった場合、隣のお婆ちゃんは15万なのに、なぜうちは13万なの?といった疑問が噴出するような気がする。(苦情の対応が大変。訴訟になるかもしれないし。)

時々、家庭の主婦業がいったいどのくらいの報酬に相当するかを試算したような記事が新聞や雑誌に載っているが、あれはいったいどういう計算法なのか?と思うほどの高額である。実際、夫の年収を軽く越えていたりする。介護保険のサービスの額が一般感覚より高いような気がするのは、その計算法に関係があるのかもしれない。

一方、姑の面倒を1日中みるくらいなら、賃金は安くても働きに出た方が100倍マシと思う人も相当にいるような気がする。実際、要介護の老人がデイケアやショートケアに行くことで家族のストレスが緩和しているような面があることは見逃せない。

嫁・姑の問題も含め、また今の100年に一度の不景気も考慮すると現物給付に限る方法にもメリットはあると思うのであった。もちろん、今の経済状況を見ると、同じ国が支出をするにしても、「現物給付に限ること」は、長期にわたる不景気に対し効率が悪すぎると言わざるを得ない。

あまりにいろいろな過程を経てお金が流れているので、無駄に失われるお金が多すぎるからである。少なくとも、現金給付も選択も視野に入れると、その流れが極めてシンプルになる上に、老人を抱える家族の世帯年収をアップさせる効果は絶大である。つまり、景気回復の起爆剤になるかもしれない。

公共投資や各世帯に金一封を配るよりずっとマシだし、国の支出も今までより少なくなるというメリットもある。

介護保険の診断書は医師が書く。昨日のエントリで触れたほかの診断書は概ね精神科医が書くが、介護保険診断書に限れば精神科医は相対的には少ない。介護保険は身体の不自由さがある人を想定しており、主に脳梗塞後遺症、脳出血後遺症などの脳血管障害系でADLが低下している人向けの診断書なのである。だから、内科、外科、整形外科、リハビリテーション科などさまざまな科のドクターが書いている。

会議で彼らの診断書を読んだ感想。

凄まじく雑な診断書も多数。良い意味で「なんだこの診断書は!」と思ったことは未だかつてないが、そこまで真剣に書いても仕方がないとも言える。医師の診断書はあくまで参考意見であり(介護度は既にコンピュータで出ている)、さほど必要でなかったというものがずっと多い。身体面の障害はコンピュータは比較的うまく判定してくれているからであろう。会議での話し合いによる判定の変更率なんてたいしたことはない。実際に沿わないのは認知症や幻覚妄想など精神症状を持つ人たちなのである。

あの介護保険の診断書はそこそこ書くところがあるので、真面目に書けば、そう楽ではない。精神科の場合は、簡単なテストをしないといけない場合もあるし。とにかく長く会議に参加していたこともあり、他人の書いた診断書を見てきたこともあって、介護保険の診断書はそこまでストレスにならない。

介護保険発足当時、医師たちが積極的に書かず、締め切りに間に合わないということが続出したため、診断書料を書いた医師の銀行口座に直接振り込むという措置が取られていた。(地域にもよるが)

あの診断書は4000~5000円(プラス消費税)くらいだったと思うが、相対的に精神科はそうは多くはないので、僕は大金を一度に貰ったことはない。僕の他科の知り合いは、その診断書を書くだけで、公的機関からの振込み額が月に50万円を超えたそうである。130人近く一度に書いたからと思われる。(毎月そうなるわけではもちろんない。しかし亡くならない限り定期更新時にはまた来院するのでまたそれだけ書くようにはなる)

僕は当時、少しずつ介護保険の診断書でお小遣い稼ぎをしていたが、市を変わったところ、その市のローカルルールで診断書料が病院に直接、振り込まれることがわかりショックを受けた。

いったん病院に支払われたものを診断書料としてもらうのは税制上、やや複雑になることもあり難しいのである。したがって、今の病院で書いた介護保険の診断書の総数は膨大な量だと思うが、個別では1度も貰ったことはない。(一般に精神科病院では色々な診断書を書くが、それぞれについて歩合制で料金を貰える病院はないか、あったとしても稀だと思われる。普通は給料に含まれる)

コンピュータ化され、次々にいろいろな制度ができるたびに余計な仕事が増える。お上は何とか医療を良くしようとして、頑張って制度を変更しようとしているつもりだろうが、結果的にうまくいっていないことの方が多い。

無駄な仕事が増えれば増えるほど、患者さんを診る時間はかえって減るのである。


病院では、半ば義務付けられている会議のために、看護や診療の時間が削られるという事態になっている。医療の将来的な見通しの甘さは、現在のスーパーローテイトの年数の変更や地方の医師や看護師不足を見ると明らかであろう。

医療の本質を見失っていることを指摘している。


参考
深刻な不景気とdepression
精神症状と株価暴落が連動している人
専門性について