精神病院の魔力 | kyupinの日記 気が向けば更新

精神病院の魔力

精神病院の魔力はリエゾンをしていると良く感じる。やはり精神病院はなにか特別な場所なんだと思う。

精神病院の空間は、あまりにも治癒に向かわせる力に満ちている。

例えば、マンションに住んでいて「隣の部屋から悪口が聞こえる」などと言っている人が入院した瞬間、その幻覚妄想が消失することがあるのは理解できる。それ以前と環境が変わるので良くなることもありそうだから。

もう少し状況に依存しない妄想、例えば、「息子が危篤になっている」とか、「妹が警察に捕まっている」など、ちょっと非定型精神病っぽい妄想が総合病院から精神科に転入院したその夜にはもう良くなっていることがある。何も処方を変えていないのに。

もちろんそうはならない人もいるが、この確率がわりあい高いのである。僕は何もしないでも良くなりそうな時は薬をあえて変えない。

それは精神病院の魔力を確認するためだ。

この謎だけど、一般の病院はあくまで病院であるが、精神病院は一概にそうとは言えないことがたぶん関係している。精神病院に入院していたことがある人ならわかるが、精神病院の中には1万日(約30年)くらい入院している人がいるのである。

彼らはベッドサイドと倉庫にある少しばかりの荷物以外は何も持っていなかったりする。彼らにとって、精神病院は家以外の何物でもない。永遠といった感じで下宿をしているようなものなのである。そういう棲家的なものは普通の総合病院にはない。大半の人はただの通行人であって、病院を家のように考える人たちはずっと少ない。だいたい診療報酬的にも今の老人病院は長期入院できないようになっている。

老人の比率の多い病院や、エンドステージの人が集まる病院はその院内の年間に亡くなる人の総数はかなりのものになる。しかし精神病院の場合、特に統合失調症はそれで直接死ぬ疾患ではないので、年間の院内死亡者数がずっと少ない。こういうこともあるように思う。

精神科病院は相対的に重い人ばかり残っていくようなところがある。寛解した人たちは、少なくとも入院病棟からは去るからだ。しかし退院できない重い人に比べ寛解した人たちの延べ数はずっと多い。特に近年はそうだ。そういう寛解した人たちの積み重ねみたいなものが、病院にとって大きいような気がしている。

彼らの治癒・寛解の歴史の積み重ねが、おそらく治癒の力をもたらすのであろう。

いつも思うが、リエゾンで行く総合病院と精神病院とでは、その空気から違っている。

参考
死にゆく精神病院