現代の摂食障害(後半)
もう1名はうちの病院に来るまで、いろいろな摂食障害を専門的に治療する精神病院やクリニックに行き、すべて失敗していた。県外に住居を移してまでクリニックに通ったり、入院までしてもうまくはいかなかった。
彼女がうちの病院に来た時、うつ状態であったが、最初に僕は「今までしてきたような心理療法はいっさいしないから」と伝えた。あきれたことに、このようなタイプの人にこんな風に言う精神科医が本当にいるのである。僕より専門治療のうまい人が、もうあれこれやっているはずだし、また、自分が言うのも変だけど、本質的に摂食障害の心性について自分があまりわかっていないと自覚しているのももちろんある。
彼女の血液検査やホルモン検査をして、その所見をぼんやり見ていると、TSHや甲状腺ホルモンの結果に不調和をすごく感じた。もし、彼女に摂食障害がないと仮定したら、診断的には「器質性の強迫性障害」と言えると思った。実際、彼女が明治時代に生まれていたら、そんな感じだったと思う。ここからスタートした。
過食の嵐になると自己嫌悪が始まり、二次的にうつ状態が出現し、遂には亜昏迷に至る。最初は平凡にヒルトニンや甲状腺剤、抗うつ剤で治療を始めた。うつ状態や亜昏迷自体は、アナフラニールがわりあい効果があった。今でも入院時は、まずアナフラニールを点滴している。ただ、アナフラニールは過食発作にはほとんど効かない。マイナスにもならないけど。
ある時、彼女には一度はECTをかけてみるべきと思うようになった。普通、過食に対し、ECTはいかにも悪手に見える。ECTは拒食に効果があり、直後は食欲が増加するからだ。しかし、彼女に限っては良いような気がした。なぜなら、昏迷、視床下部の連携の不調和など、試みる価値がある所見が揃っているのである。
結局、数回試みたが、過食症はECTをかけた直後の数日しか止まらなかった。しかし、ある重大な変化が現れた。それは、彼女にはずっと存在しなかった「満腹感」が出現したのである。「満腹感がない」というのは、心理療法家にはそれなりに説明されるものであろうが、僕はあまりにも「生物学的問題」あるいは「欠損」と感じる。器質的所見と思ってしまう。過食症、それも一度に5000カロリーも摂取してしまう人に、満腹感があるとないとでは大違いだ。
これ以降、過食にはいくつかの段階が生じるようになり、すさまじい量を食べる頻度が減少してきた。5000カロリークラスの超絶な過食発作がほとんど消失し、過食しても最高2000カロリー程度にとどまるようになった。その後、わずかな過食発作は「プチ過食」と呼ぶようになった。
ECTに関しては健忘がほとんど出現しない人で、これだけは普通と変わっていた。ただ、結果に対し僕が不満足だったのもあり、最初の数回だけでその後実施しなかった。僕はもう少し激変するような気がしていたからである。「満腹感が出現した」だけというのは話にならない。
一度、パキシルを使っていて水をかけられたことがあった。パキシルはイライラ感を増加させ、しかも過食発作にも効果がなかった。水をかけられた理由だが、彼女が呼んだ時に外来が忙しすぎてすぐに行けず、遅れて行ってみると、いきなり水をかけられたのである。彼女にはあまりに遅すぎたらしい。
その後、うつ状態の治療を重視すれば、アナフラニールやジェイゾロフトだし、強迫症状を重視すれば、デプロメールが良いということがわかってきた。いずれも最高量が必要で、デプロメールなら300mgである。
では過食症なら何なのであろうか?
少なくとも、彼女の場合、アナフラニール、ジェイゾロフトは過食を改善しない。マイナスにもならないけど。いくらかでも過食発作を軽減させるものは、エビリファイやデプロメールである。ただ、デプロメールは最高量くらいが良いのに対し、エビリファイは少量で良いみたい。あとセディールはそう効いているようにも見えないけど、なんらかの支援をしているようにも見える。デプロメールの効果を増強しているくらいなのかもしれない。少なくとも、ワイパックスやデパスなどよりは良いように見える。
デパケンRを一時期処方していたが、普通、デパケンは体重を増やすというが、この患者さんには全然そのようなことがなかった。しかし、過食にはあまりプラスにならないし、気分を安定化させるほどの関与も見えず、リストラ的に中止している。
セディール 60mg
デプロメール 300mg
エビリファイ 3mg
これ以外は下剤、ビタミンB12、チラージンSを少量だけである。また彼女は不眠は治癒したので、今ではベンゾジアゼピンは処方していない。よく思うのだけど、コアな摂食障害の人たちって、必ずといってよいほど強迫性障害がかぶっているよね。それに対し辺縁的な摂食障害しかない人は必ずしもそうではない。きっと、超人的に頑張れる人がコアな摂食障害になりやすいんだと思う。
今はいくらか環境も調整して、例えば1ヶ月くらい完全に過食が止まることも見られるようになった。何か大きなストレスがあると、どっと過食が出て気分が落ち込み、アナフラニールの点滴で改善するという繰り返し。こういう良くなり方って、僕はちょっとアルコール依存症っぽいと思ってしまう。
何か、ライフイベントで悪化してぶり返すパターンだけど、これ以上が難しいんだな。それでも体重も最高値から20kgくらいは減った。こういう人は日頃は節制できるので過食さえなくなれば痩せられるんだ。今は働いている時もあるので、来た当時よりも断然良くなってきている。このくらいでも、本人によると、いかなる摂食障害の専門病院よりも良い治療状態なのだという。
彼女の心理療法はしなかったけど環境調整はしていた。注意したのは、彼女と母親との関係をうまく保つこと。それだけ。僕はこのクラスの患者さんの場合、高い目標は立てていない。失点を防ぐというか、治療中の失言を避けることを心がけている。サッカーで言えば、強い相手に0-0の引き分け狙い。
彼女は今までのすべての治療者、特に心理療法士をボロクソに言っている。治らなかったのももちろんあるが、ある時、深く踏み込んで失言しているためだ。彼女はその時のどんな風に言われたか非常に鮮明に憶えている。時々、その話を僕にしようとするけど、僕はなるだけ聞かないことにしている。というか聞きたくない。こういうこき下ろしを見ると、彼女はかなりボーダーライン的だよなぁと感じる。それと、今後僕を離れた場合、自分もこんな風に言われるのかも、などと思ってしまう。
僕の場合、失言しようにも最初からそういうかかわりはしていないので、そのような嫌われ方はしない。彼女の母親によれば、僕ほど優しい精神科医は滅多にいないのだという。心が優しいとか暖かいなどと言っていた(それも他の病院の医師を引き合いに出して)。実は、僕が心理療法的には何もやっていないだけなのだけど。(笑)
できるだけ、無害に振舞っているわけだ。たぶん、精神科医になって初めての患者さんが摂食障害だったので、「してはいけない行為」つまり、どういうのが良くないのかがなんとなくわかっているのだろう。「してはいけない行為」を避けるようにしているのが0-0の引き分け狙いなのである。
かつて、彼女が切れてしまい、僕に面と向かってボロクソに言ったことがあった。その日は、まさにキレキレだった。サッカーではキレキレというのは良い意味で使うのだけど、この場合はそうではない。
「先生は、摂食障害のことが全然わかっていない」
そんなこと、「今頃、わかったって遅いよ」(笑)。
僕は、摂食障害について、深く踏み込まず、生物学的要因と薬物療法を重視し直線的に治療しているだけなのである。だからすべての人がうまくいくわけではない。
一時、クワイエット・ライフがしばらく続いていたので、これは完治に近いのではないかと本当に思っていた時期がある。とても気持が澄みきっていて、全く症状がなかったのである。僕ほど摂食障害について知らなくて完全治癒したなら、これほどすごいことはない。
ところが男女関係で破綻。やっぱり完治は難しいか・・とちょっとだけ落胆した。
彼女がうちの病院に来た時、うつ状態であったが、最初に僕は「今までしてきたような心理療法はいっさいしないから」と伝えた。あきれたことに、このようなタイプの人にこんな風に言う精神科医が本当にいるのである。僕より専門治療のうまい人が、もうあれこれやっているはずだし、また、自分が言うのも変だけど、本質的に摂食障害の心性について自分があまりわかっていないと自覚しているのももちろんある。
彼女の血液検査やホルモン検査をして、その所見をぼんやり見ていると、TSHや甲状腺ホルモンの結果に不調和をすごく感じた。もし、彼女に摂食障害がないと仮定したら、診断的には「器質性の強迫性障害」と言えると思った。実際、彼女が明治時代に生まれていたら、そんな感じだったと思う。ここからスタートした。
過食の嵐になると自己嫌悪が始まり、二次的にうつ状態が出現し、遂には亜昏迷に至る。最初は平凡にヒルトニンや甲状腺剤、抗うつ剤で治療を始めた。うつ状態や亜昏迷自体は、アナフラニールがわりあい効果があった。今でも入院時は、まずアナフラニールを点滴している。ただ、アナフラニールは過食発作にはほとんど効かない。マイナスにもならないけど。
ある時、彼女には一度はECTをかけてみるべきと思うようになった。普通、過食に対し、ECTはいかにも悪手に見える。ECTは拒食に効果があり、直後は食欲が増加するからだ。しかし、彼女に限っては良いような気がした。なぜなら、昏迷、視床下部の連携の不調和など、試みる価値がある所見が揃っているのである。
結局、数回試みたが、過食症はECTをかけた直後の数日しか止まらなかった。しかし、ある重大な変化が現れた。それは、彼女にはずっと存在しなかった「満腹感」が出現したのである。「満腹感がない」というのは、心理療法家にはそれなりに説明されるものであろうが、僕はあまりにも「生物学的問題」あるいは「欠損」と感じる。器質的所見と思ってしまう。過食症、それも一度に5000カロリーも摂取してしまう人に、満腹感があるとないとでは大違いだ。
これ以降、過食にはいくつかの段階が生じるようになり、すさまじい量を食べる頻度が減少してきた。5000カロリークラスの超絶な過食発作がほとんど消失し、過食しても最高2000カロリー程度にとどまるようになった。その後、わずかな過食発作は「プチ過食」と呼ぶようになった。
ECTに関しては健忘がほとんど出現しない人で、これだけは普通と変わっていた。ただ、結果に対し僕が不満足だったのもあり、最初の数回だけでその後実施しなかった。僕はもう少し激変するような気がしていたからである。「満腹感が出現した」だけというのは話にならない。
一度、パキシルを使っていて水をかけられたことがあった。パキシルはイライラ感を増加させ、しかも過食発作にも効果がなかった。水をかけられた理由だが、彼女が呼んだ時に外来が忙しすぎてすぐに行けず、遅れて行ってみると、いきなり水をかけられたのである。彼女にはあまりに遅すぎたらしい。
その後、うつ状態の治療を重視すれば、アナフラニールやジェイゾロフトだし、強迫症状を重視すれば、デプロメールが良いということがわかってきた。いずれも最高量が必要で、デプロメールなら300mgである。
では過食症なら何なのであろうか?
少なくとも、彼女の場合、アナフラニール、ジェイゾロフトは過食を改善しない。マイナスにもならないけど。いくらかでも過食発作を軽減させるものは、エビリファイやデプロメールである。ただ、デプロメールは最高量くらいが良いのに対し、エビリファイは少量で良いみたい。あとセディールはそう効いているようにも見えないけど、なんらかの支援をしているようにも見える。デプロメールの効果を増強しているくらいなのかもしれない。少なくとも、ワイパックスやデパスなどよりは良いように見える。
デパケンRを一時期処方していたが、普通、デパケンは体重を増やすというが、この患者さんには全然そのようなことがなかった。しかし、過食にはあまりプラスにならないし、気分を安定化させるほどの関与も見えず、リストラ的に中止している。
セディール 60mg
デプロメール 300mg
エビリファイ 3mg
これ以外は下剤、ビタミンB12、チラージンSを少量だけである。また彼女は不眠は治癒したので、今ではベンゾジアゼピンは処方していない。よく思うのだけど、コアな摂食障害の人たちって、必ずといってよいほど強迫性障害がかぶっているよね。それに対し辺縁的な摂食障害しかない人は必ずしもそうではない。きっと、超人的に頑張れる人がコアな摂食障害になりやすいんだと思う。
今はいくらか環境も調整して、例えば1ヶ月くらい完全に過食が止まることも見られるようになった。何か大きなストレスがあると、どっと過食が出て気分が落ち込み、アナフラニールの点滴で改善するという繰り返し。こういう良くなり方って、僕はちょっとアルコール依存症っぽいと思ってしまう。
何か、ライフイベントで悪化してぶり返すパターンだけど、これ以上が難しいんだな。それでも体重も最高値から20kgくらいは減った。こういう人は日頃は節制できるので過食さえなくなれば痩せられるんだ。今は働いている時もあるので、来た当時よりも断然良くなってきている。このくらいでも、本人によると、いかなる摂食障害の専門病院よりも良い治療状態なのだという。
彼女の心理療法はしなかったけど環境調整はしていた。注意したのは、彼女と母親との関係をうまく保つこと。それだけ。僕はこのクラスの患者さんの場合、高い目標は立てていない。失点を防ぐというか、治療中の失言を避けることを心がけている。サッカーで言えば、強い相手に0-0の引き分け狙い。
彼女は今までのすべての治療者、特に心理療法士をボロクソに言っている。治らなかったのももちろんあるが、ある時、深く踏み込んで失言しているためだ。彼女はその時のどんな風に言われたか非常に鮮明に憶えている。時々、その話を僕にしようとするけど、僕はなるだけ聞かないことにしている。というか聞きたくない。こういうこき下ろしを見ると、彼女はかなりボーダーライン的だよなぁと感じる。それと、今後僕を離れた場合、自分もこんな風に言われるのかも、などと思ってしまう。
僕の場合、失言しようにも最初からそういうかかわりはしていないので、そのような嫌われ方はしない。彼女の母親によれば、僕ほど優しい精神科医は滅多にいないのだという。心が優しいとか暖かいなどと言っていた(それも他の病院の医師を引き合いに出して)。実は、僕が心理療法的には何もやっていないだけなのだけど。(笑)
できるだけ、無害に振舞っているわけだ。たぶん、精神科医になって初めての患者さんが摂食障害だったので、「してはいけない行為」つまり、どういうのが良くないのかがなんとなくわかっているのだろう。「してはいけない行為」を避けるようにしているのが0-0の引き分け狙いなのである。
かつて、彼女が切れてしまい、僕に面と向かってボロクソに言ったことがあった。その日は、まさにキレキレだった。サッカーではキレキレというのは良い意味で使うのだけど、この場合はそうではない。
「先生は、摂食障害のことが全然わかっていない」
そんなこと、「今頃、わかったって遅いよ」(笑)。
僕は、摂食障害について、深く踏み込まず、生物学的要因と薬物療法を重視し直線的に治療しているだけなのである。だからすべての人がうまくいくわけではない。
一時、クワイエット・ライフがしばらく続いていたので、これは完治に近いのではないかと本当に思っていた時期がある。とても気持が澄みきっていて、全く症状がなかったのである。僕ほど摂食障害について知らなくて完全治癒したなら、これほどすごいことはない。
ところが男女関係で破綻。やっぱり完治は難しいか・・とちょっとだけ落胆した。