アルプスの少女ハイジ | kyupinの日記 気が向けば更新

アルプスの少女ハイジ

これは「精神科患者さんのう歯」で紹介した患者さんの続きになる。彼女は高校時代に発病し、かなりの進学校であったのだが学業を続けられず退学している。その後入院を続け、一般社会で生活をしたことがほとんどなかった。

彼女は僕より少し年下なのだが、前歯が「う歯」で全然ないのだ。

うちの病院に転院した経緯は、単純に家が近いので家族が面会しやすいとかその程度であった。今、僕が時々外来診察に行っている病院から転院になっているので、縁があるといったところかもしれない。

入院時の処方はトロペロン18mgが主体(コントミン換算値:1384mg)であり、レボトミンも少しだけ処方されていたが、今の時代、こういう処方なのはたぶん理由があるのであろう。僕は少なくとも、リスパダールくらいは使ってみたが不調に終わり、またこの処方で特に問題がなく、病棟適応もまあまあなので、このまま治療しているくらいに思っていた。

昨年の秋(2006年)転院して来た時、ずいぶん大人しい人だと思った。最初から開放病棟で生活し特に心配しなくてはならないことがほとんどない。ただ、情意の減弱というか、表情もなく、何かをするというわけでもなく、とても空虚だと思った。「歯がない」というは、ある意味、陰性症状の程度をあらわしている。

当初、入院してしばらくしてエビリファイを追加し、少しずつトロペロンを減量してみた。最初、少し表情が明るくなり目がはっきり開いたようになったので、これはけっこう良いのではないかと思っていた。しかし、吐き気がどうしても残ることと、表情は明るくなったが、「中の人」はそれほど良くならないのである。

ずっと診ていて、どうもエビリファイでは根本的にコントロールできないと感じた。それと、これは重要なことなのであるが、エビリファイで治療している限り、トロペロンを完全に中止することができないように見えるのである。潜在性の陽性症状を完全に抑えられないと思った。これは僕の感覚なのであるが。

結局、エビリファイでの治療を諦めた。しかしエビリファイで治療をしないにしても非定型で治療を続けたい。そこで、2番目にセロクエルを使ってみた。セロクエルは、トロペロンを18mgも服用した同じ患者さんとは思えないというか、不思議なのであるが、眠くてあまり増やせないのである。ずっと倦怠感を訴えて、ベッドで寝ていることが多くなった。よく、非定型精神病とか躁うつ病の病期で「眠り姫」状態があるが、それともちょっと違う。倦怠感で動けないのである。

2007年1月頃の処方(コントミン換算値:709mg)
トロペロン  3mg
セロクエル 300mg
メトリジン  2T
レボトミン  25mg
ハルシオン  0.25mg
デパス    2mg


これ以外は、便秘薬だけである。立ちくらみがあってメトリジンを併用している。眠さ、立ちくらみ、倦怠感などの副作用があるが、抗パーキンソン薬は使っていないことに注意してほしい。この患者さんはこの程度のトロペロンが残っていてもそのような副作用は出ないのである。これでも、トロペロン18mgに比べて、コントミン換算値は断然低い。

そのうち、セロクエルは身体的に特に眠さが酷いこともあり、病棟生活にも大きく影響するのでジプレキサに変更することにした。

これは3月半ばの処方である(コントミン換算値:210mg)
ジプレキサザイディス  5mg
メトリジン  2T
レボトミン  10mg
ハルシオン  0.25mg
デパス    2mg


これはかなり簡潔な処方になっているが、この処方だと、頭がいつもいっぱいと言った感じで何も考えられないのだという。少しは動けるのであるが倦怠感もあるし、やはり「中の人」は全然良くなっていないのである。それと、賦活の方向が良い方向にいっていない。いつも少し独語があるのであるが、この処方では少しそれが大きくなる。同室の患者さんの話では、彼女はうちの病院に来た時から独語はあったらしい。ジプレキサを増量できれば良いが、倦怠感のためそれもままならない。

結局、ジプレキサも諦めたのである。そこで、思い切ってクレミンを処方することにした。ここまで来たら、クレミンとかルーランくらいしかないのであるが、直感的にはルーランは今は良くなさそうに見える。ルーランは忙しい時には向かないから。

5月初旬の処方である(コントミン換算値:151mg)
クレミン    50mg
プリンペラン  2T
メトリジン   2T
ハルシオン  0.25mg
デパス    2mg


これも、かなりシンプルな処方である。プリンぺランは吐き気のために処方していたのであるが、この程度のクレミンの量だと、そのD2作用も無視できないというか、そのあたりも考慮して残している。まあ、都市伝説的なのであるが、この患者さんに限ればそんな感じがするのである。クレミンに変更以降、眠さと倦怠感が徐々に取れてきて、ベッドで休んでいることが減少した。簡単に言えば、彼女は元気になってきたのである。

当時から、彼女は本を読むようになってきた。厳密に言えば、ジプレキサの頃から(2~3月頃)読んではいたのであるが。本は「アルプスの少女ハイジ」である。この画像にあるが、この程度の英語は中学3年から高校1年くらいのリーダーの教科書くらいであろうか?

アルプスの少女ハイジ

彼女はこの本をなんと辞書なしで読んでいた。他にどのような本を読んでいるのか聞いてみた。彼女によれば、「不思議の国のアリス」と「イソップ物語」を読んでいるという。まあ部分的に高校時代、発病時頃にタイムトリップしているような感じではある。回診の時に薬剤指導をしている若い薬剤師さんが一緒についているのであるが、彼によれば、彼女は超絶のレベルで、見違えるように良くなっていると言う。

「来た時は、全然人間らしくなかったですよね。今は笑うし。いろいろ話ができるのがすごいですよね」

と言っていた。いろいろ話ができるというのがすごいと言うのが泣ける。確かに来た時は表情は能面のようだったし、病棟生活があまりにも空虚だった。クレミンだと、そのあたりの陰性症状(表情も含め)がわりあい改善している。ただ、クレミンは良いのは良いが、1つだけ問題点があった。それは独語が改善しないことである。

当時、というか3月くらいからだが、僕は少量のトロペロンを加える誘惑にかられてならなかった。これは少量のトロペロンで改善する可能性があるし、また少量のトロペロンで何かすごく有害作用がでるような感じもしなかったからだ。でも、ここまでやってきて、いまさらトロペロンを加えるのもねぇ・・

できれば、それ以外の方法でなんとかしたい。そこで、遂にルーランを少量併用し、クレミンを少しだけ減量してみた。さらに四物湯とエゾウコギを加えたのである。エゾウコギは疲れやすさと独語に対して使っており、たぶん両者に効果があるが、基本的には「倦怠感」に有効なのである。

これは最近の処方である。(すべて。コントミン換算値:275mg)
①クレミン(25)   1T夕
 ルーラン(8)   2T
 プリンペラン    2T
      2x1
②カマグ        3.0
      3x1
③デパス(1)     2T
 ハルシオン(0.25)  1T
 アローゼン      0.5
      1xvds
④四物湯        5.0
      2x1
⑤エゾウコギ      15cc
      1x1

こういう処方でじっと待っていたら、独語がほとんどなくなってきた。今、迷っているのはクレミン、プリンペランを完全に中止しルーラン単剤にするかどうかである。しかし、この処方で単剤にする意味があるのか?という問題もある。この処方は以前のトロペロン18mgに比べると全然少ないからである。

エゾウコギは普通は1日30ccなのであるが、僕が自腹を切っていることと、まあ15ccでも良いと思うのでこの程度にした。なんだか、これですごく倦怠感がとれて、体が軽くなってきたのである。自腹を切っているのは、いちいち彼女のお父ちゃんに説明するのが面倒。あと、僕は彼女が良くなればいいという感覚だから。

最近、本人にいろいろ聞いてみたのだが、うちの病院が気に入ったので一生ここにいるのだそうだ。精神科医はそのように言われても嬉しくない。将来的には自宅も近いので退院してデイケアにでも通ってほしいのであるが、そういう気持は全然ないらしい。

10ヶ月くらい診てきたのだけど、やはり彼女は病気が重いよ。だってあの年齢で、歯が一本もないというのがそれをあらわしている。例えば、洋服にしても、いつもなんだか同じ服だし。清潔なものは着けているけどね。婦長さんによれば、彼女は全然手がかからないんだと。身の回りのことは一応自立しているのである。

彼女は高校時代から精神病院に入院しっぱなしだったので、家で生活するとか、一般の社会生活がたぶんイメージできないんだと思う。統合失調症で25年くらいずっと患っているということは、特に破瓜型の場合、つまりこういうことなのであろう。

彼女が、ずっと悩んできた倦怠感や眠さだが、今では僕は違った考え方をしている。

あれは、たぶん「大量のトロペロンを止めたこと」による虚脱なのだろう。そういう風に考えた方が、すべての辻褄があう。

参考
精神科患者さんのう歯
クレミン
ルーラン