Shizotypal Personality Disorder
統合失調型人格障害の診断基準 DSM-IV
Shizotypal Personality Disorder
A. 親密な関係で急に気楽でなくなることと、そうした関係を持つ能力の減少、および認知的または知覚的歪曲と行動の奇妙さ、の目立った、社会的および対人関係的な欠陥の広範な様式で、成人早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
(1) 関係念慮(関係妄想は含まない)
(2) 行動に影響し、下位文化的規範に合わない奇異な信念、または魔術的思考(例:迷信深さ、すなわち千里眼、テレパシーまたは”第六感”を信じること;小児および青年では、奇異な空想または思いこみ)。
(3) 普通でない知覚体験、身体的錯覚を含む。
(4) 奇異な考え方と話し方(例:あいまい、まわりくどい、抽象的、細部にこだわりすぎ、紋切り型)
(5) 疑い深さ、または妄想様観念。
(6) 不適切な、または限局された感情。
(7) 奇異な、奇妙な、または特異な行動または外見。
(8) 第一度親族以外には、親しい友人または信頼できる人がいない。
(9) 過剰な社会不安があり、それは慣れによって軽減せず、また自己卑下的な判断よりも妄想的恐怖を伴う傾向がある。
B. 統合失調症、精神病性の特徴を伴う気分障害、他の精神病性障害、または広汎性発達障害の経過中にのみ起こるものではない。
統合失調型人格障害は統合失調症とはかなり異なる疾患と思っている。一方、似たような名前の「統合失調質性人格障害?」はわりあい統合失調症に近縁の新患なのかもしれない。この2つの疾患の患者さんはめったに精神科にかからないので診る機会がない。過去に僕が「統合失調型人格障害」と診断した患者さんは2名しかいない。この2名は、今後時間が経っても統合失調症に至るような感じは全然しなかった記憶がある(最後に診断したのが15年以上前なので)。統合失調質性人格障害?はゼロで、これは当然だと思う。この患者さんの場合、自分から治療を望むことは稀のように思われるからだ。しかしながら、医療に上がってこない人では、たぶんこれだろうと思った人物はいる。この2つの相違だが、統合失調型人格障害の方が、まだ情緒的なものが通い合うというか人間味があると思う。
統合失調型人格障害の治療目標は、人格を変えることではなく、社会的機能の維持に置かれるのだという。精神療法や薬物療法などの選択肢があるが、精神療法の場合、うまく治療してくれるような医療機関が日本では限られると思われる。薬物療法については、アモキサンやデプロメール(ルボックス)を推奨している文献がある。また少量の抗精神病薬も良いとされている。
なぜ統合失調型人格障害の患者が病院にかかるかというと、彼らは自分の症状に悩み、なんとかしたいと思っているからである。そういう点で病識のない統合失調症の患者さんとは疾病に対する「構え」が異なっているようにも見える。
僕の嫌いなDSMだけど、こういう稀な疾患の所見はけっこう面白いといつも思う。実は最新のDSMはお金がもったいないので買っていない。統合失調型人格障害に関しては、DSM-Ⅲ-Rの基準の方が気に入っている。この方がかなりイメージできると言うか、数倍、出来が良いと思う(あくまで好みの問題)。
統合失調型人格障害の診断基準 DSM-Ⅲ-R
A.全般的に、人間関係における欠陥、および観念、外観、行動における奇妙さのパターンで、成人早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち、少なくとも5項目により示される:
(1) 関係念慮(関係妄想は含まない)
(2) 人間関係での過剰な不安、例えば、慣れない人がいる社会的状況では極度に落ち着きがない。
(3) 奇妙な信念、または魔術的思考が行動に影響しており、それは文化的規範にあわない。例えば、迷信的であること、千里眼、テレパシー、または”第六感”、”他人が自分の感情を感じることができる”を確信すること(小児および青年では、奇異な空想または思いこみ)。
(4) 普通でない知覚体験、例えば錯覚、実際には存在しないはずの力や人物の存在を感じること(例えば、”死んだ母が自分と一緒に部屋にいるかのように感じた”)
(5) 奇妙で風変わりな行動や外観、例えば、だらしのなさ、異常にわざとらしい動作、独り言。
(6) 親兄弟以外には親しい友人や信頼できる人がいない(または1人だけ)
(7) 風変わりな会話(連合弛緩や滅裂なしに)例えば、会話内容が乏しい、脱線しやすい、あいまい、不適切なほど抽象的
(8)不適切で狭い感情、例えば、ばかげた、よそよそしく、ほほえんだり、うなづいたり、などの感情や身振りを返すことがめったにない。
(9)疑い深さ、または妄想様観念。
B. 統合失調症や広汎性発達障害の経過中にのみ起こるものではない。
Shizotypal Personality Disorder
A. 親密な関係で急に気楽でなくなることと、そうした関係を持つ能力の減少、および認知的または知覚的歪曲と行動の奇妙さ、の目立った、社会的および対人関係的な欠陥の広範な様式で、成人早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
(1) 関係念慮(関係妄想は含まない)
(2) 行動に影響し、下位文化的規範に合わない奇異な信念、または魔術的思考(例:迷信深さ、すなわち千里眼、テレパシーまたは”第六感”を信じること;小児および青年では、奇異な空想または思いこみ)。
(3) 普通でない知覚体験、身体的錯覚を含む。
(4) 奇異な考え方と話し方(例:あいまい、まわりくどい、抽象的、細部にこだわりすぎ、紋切り型)
(5) 疑い深さ、または妄想様観念。
(6) 不適切な、または限局された感情。
(7) 奇異な、奇妙な、または特異な行動または外見。
(8) 第一度親族以外には、親しい友人または信頼できる人がいない。
(9) 過剰な社会不安があり、それは慣れによって軽減せず、また自己卑下的な判断よりも妄想的恐怖を伴う傾向がある。
B. 統合失調症、精神病性の特徴を伴う気分障害、他の精神病性障害、または広汎性発達障害の経過中にのみ起こるものではない。
統合失調型人格障害は統合失調症とはかなり異なる疾患と思っている。一方、似たような名前の「統合失調質性人格障害?」はわりあい統合失調症に近縁の新患なのかもしれない。この2つの疾患の患者さんはめったに精神科にかからないので診る機会がない。過去に僕が「統合失調型人格障害」と診断した患者さんは2名しかいない。この2名は、今後時間が経っても統合失調症に至るような感じは全然しなかった記憶がある(最後に診断したのが15年以上前なので)。統合失調質性人格障害?はゼロで、これは当然だと思う。この患者さんの場合、自分から治療を望むことは稀のように思われるからだ。しかしながら、医療に上がってこない人では、たぶんこれだろうと思った人物はいる。この2つの相違だが、統合失調型人格障害の方が、まだ情緒的なものが通い合うというか人間味があると思う。
統合失調型人格障害の治療目標は、人格を変えることではなく、社会的機能の維持に置かれるのだという。精神療法や薬物療法などの選択肢があるが、精神療法の場合、うまく治療してくれるような医療機関が日本では限られると思われる。薬物療法については、アモキサンやデプロメール(ルボックス)を推奨している文献がある。また少量の抗精神病薬も良いとされている。
なぜ統合失調型人格障害の患者が病院にかかるかというと、彼らは自分の症状に悩み、なんとかしたいと思っているからである。そういう点で病識のない統合失調症の患者さんとは疾病に対する「構え」が異なっているようにも見える。
僕の嫌いなDSMだけど、こういう稀な疾患の所見はけっこう面白いといつも思う。実は最新のDSMはお金がもったいないので買っていない。統合失調型人格障害に関しては、DSM-Ⅲ-Rの基準の方が気に入っている。この方がかなりイメージできると言うか、数倍、出来が良いと思う(あくまで好みの問題)。
統合失調型人格障害の診断基準 DSM-Ⅲ-R
A.全般的に、人間関係における欠陥、および観念、外観、行動における奇妙さのパターンで、成人早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち、少なくとも5項目により示される:
(1) 関係念慮(関係妄想は含まない)
(2) 人間関係での過剰な不安、例えば、慣れない人がいる社会的状況では極度に落ち着きがない。
(3) 奇妙な信念、または魔術的思考が行動に影響しており、それは文化的規範にあわない。例えば、迷信的であること、千里眼、テレパシー、または”第六感”、”他人が自分の感情を感じることができる”を確信すること(小児および青年では、奇異な空想または思いこみ)。
(4) 普通でない知覚体験、例えば錯覚、実際には存在しないはずの力や人物の存在を感じること(例えば、”死んだ母が自分と一緒に部屋にいるかのように感じた”)
(5) 奇妙で風変わりな行動や外観、例えば、だらしのなさ、異常にわざとらしい動作、独り言。
(6) 親兄弟以外には親しい友人や信頼できる人がいない(または1人だけ)
(7) 風変わりな会話(連合弛緩や滅裂なしに)例えば、会話内容が乏しい、脱線しやすい、あいまい、不適切なほど抽象的
(8)不適切で狭い感情、例えば、ばかげた、よそよそしく、ほほえんだり、うなづいたり、などの感情や身振りを返すことがめったにない。
(9)疑い深さ、または妄想様観念。
B. 統合失調症や広汎性発達障害の経過中にのみ起こるものではない。