循環器内科 | kyupinの日記 気が向けば更新

循環器内科

うちの大学では、「循環器内科にはバカは行ってはいけない」という、暗黙の掟があった。

卒業の年、空気を読まない友人「○○君が循環器内科に行く気らしい」という噂が出ると、皆が彼のところに行き、循環器はやめておくように説得するのである。僕は別に本人が行きたいものを止めなくてもいいじゃない、と言う感覚だったので、なぜ皆がそうするのか聞いたことがある。友人によれば、今、努力をすれば、結果的に「たくさんの患者さんの命が救えるから」というオモロイ回答だった。

本当は循環器内科に行った場合、彼がいるだけで非常に足手まといになるというか、後始末を自分たちがしなくてはならないから、嫌な思いをしなくても良いようにという部分も大きいと思った。

循環器を諦めさせたあと、彼に何科を推奨していたかは、その科のドクターに失礼なので明かさないことにする。よくしたもので、皆の説得というか祈りが通じて、彼は循環器をやめて皆が推奨していた科に進んだ。近年、同窓会があったのだが、彼はその科で既に開業していたのであった。

循環器内科以外は特に大きな制約はなかった。循環器内科だけは特別な科だったのである。循環器内科ほどではないが、脳神経外科にもなるべくバカな人は行ってほしくないという気持ちが皆に共有されていたような気がする。しかし、脳神経外科の場合、やはり外科なので、体力的に馬力がある人なら「まあいっか」、という感覚も持っていた。そういうこともあり、脳神経外科もわりあい優秀な人が行っていたのである。

では、精神科はどうかというと、そのようなできる、できないとは違う次元で入局が決定されていたような気がする。つまり、天才のような人もいれば、落ちこぼれのような人もいて、あるゆるレベルの人が混在していた。精神科はやはりちょっと特別なのである。

昨年か一昨年くらいに同窓会があった時、脳神経外科に行った友人がこのように話していた。「在学中はバカばかりと思っていたけど、外で仕事をしていると、いかに自分の大学が良い大学だったかわかる」という話だったが、これに同意する人がその場に何人もいたのである。

確かに、僕も他県で仕事をしたことがあるが、臨床的にはうちの大学は良いと思うことが多かった。患者さんを転院させたときに、全く別な診断がつき、違った治療をされることもあったから。それだけではどちらが正しいのかわからないと思うかもしれない。しかし時間が経ち、その患者さんが再び病院にやって来た時、その後の治療で良くなることが多かったのである。精神科の場合、外科系の手術成績のようにスコアで出ないので、治療の良し悪しがわかりにくい。

もう10年くらい前だけど、嫁さんがテニスのサークルに入っていて、そこにある循環器内科医の若い奥さんがいたらしい。その循環器内科医は名前も顔も知らないが大学の僕の後輩ということであった。嫁さんによると、どうもその奥さんは精神科より自分たちが偉いという優越感のオーラが出ているのだという。

ある時、その奥さんがうちの家に来た時、トイレを使ったことがあった。トイレに入ると、カレンダーには耳垂れウサギの絵が描いてあるは、床にはマンガが置いてあるはで、ここの御主人はひょっとしたら「知的発達障害かも?」くらいは思ったのかもしれない。一言、「マンガが多すぎる」と切って捨てられたのだという。

この話は夫婦でバカ受け。
そもそも循環器内科のドクター本人ならまだしも、その奥さんが偉いと勘違いしているんじゃオワットルでしょ。それでも嫁さんは少し腹立たしく思っていたらしい。精神科医の嫁は、このような不条理な境遇にも耐えなければならない。というか、それも料金に入っているのである。(何の料金なのかワカランけどな~)


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