高校3年から大学入試頃まで
高校3年の秋頃は、成績も安定しており健康状態もまあまあだった。僕は中学校2年から大学入学までずっと服薬していた。ただ、服薬も数年になると、そのことに抵抗はなかった。慣れと言うものはそういうものだ。その薬についても、今考えると服薬すべきではなかったものが1つ含まれており、飲んでも良かったが別に飲まなくても良かった薬が1つある。計3種類服薬していたが、もう1つはどうしても思い出せない。抗炎症系の薬物だったと思う。
秋も深まった頃、突然スランプになった。別にうつ状態になったとかではなく、今から見ると、なんとなく体調や成績に安心感が出てきて、気が緩んだような状態だった。高校から帰ると、毎日、音楽のみ聴いて過ごしていた。当時好きだった音楽は、主に洋楽ロック系で、イエス、ポリス、エアロスミス、ジャパン、B-52、ローリングストーンズ、ダイアーストレーツなど。特にイエスとポリスはすごく好きだった。もうビートルズは卒業していたが、アビーロードやサージェントペパーズなどの最後頃のアルバムは聴いていた。このブログでは音楽と言うテーマがあり、未だ全然アップしていないが、けっこう音楽が好きなのである。
毎日、帰ってからずっと寝るまで音楽を聴く。そして睡眠。朝起きて学校に行く。こういうことを受験生がしていたら、やはり成績が下がる。しかし模擬試験はそう頻回にはないので、それがすぐに明らかにならない。遂に1回だけ芳しくない成績を取ってしまうのである。それも年末に。自堕落な生活が1ヶ月以上続いていた。結局、こりゃやばいと思い始めて受験生の生活に戻った。
現在のセンター試験に当たる1次試験は当時、共通1次試験と呼ばれ、現在より少し早い時期に行われていた。当時のルールでは、一次試験が終わったあと1校しか受験できなかった。正確には併願できる大学もあったが、少なくとも国立大学の医学部では無理であった。共通一時は当時は理科、社会2科目受験で計7科目、1000点満点であった。そのかわり2次試験では理系中心の科目が選択できる大学がほとんどであり、得意科目に偏りがある僕には相当に有利になっていた。共通一次では点数の配分にもよるが、あまり差ができないからである。一次試験直前は、特に社会を勉強していたが、国語は今更どうにもならないのでそのまま何もしなかった。直前に社会をあわてて勉強するところが現役の理系学生的と思う。僕は、理科は物理、化学とも得意であったが、どちらかと言うと化学の方が成績が安定していた。共通一次試験では社会で大失敗をしたのだが、トータルでは国語、英語があんがい良かったので大事に至らなかった。このレベルなら安心して医学部を受験できる水準には達していた。
しかし・・
共通一次試験直後に交通事故に遭い、また入院になってしまうのである。当時、2次試験まで時間がなかったので、それまでの内科系の病気以上に危うかった。2次試験の2週間前には退院できたので、それから2次試験の準備をした。得意科目しかないので、あまりストレスなく勉強できたし、ダメだったらその時は仕方がないと思えるほどになっていた。国立大学以外の私立の受験も当初は家族も考えていたようであるが、医学部は経済的に無理なので、どうしても早稲田や慶応の理系学部になってしまう。国立の2次試験と受験日が近く体力的に無理だと思った。試しに受ける大学のために本命の受験に支障が出るようでは話にならない。結局、僕は国立大学1校のみ受験することになった。受験直前、いつも通院している病院の先生に○○大学医学部を受験しますと伝えた。すると、主治医はとても驚いた。なぜなら自分の卒業大学より難関だったからだ。自分の大学に受験するように薦めてくれたが、もう出願していたのである。
受験ではだいたいうまくいったと思った。数学では試験時間が2時間か2時間半だったか忘れてしまったが70分で終わった。しかし過去問ではほぼ50分で終わっていたので、やはり緊張していたんだと思う。試験後に点数を付けてみたら、ある図形を書く問題でX軸のマイナスの方を消すの忘れており満点を逃していた。物理は満点であった。化学については筆記が多かったのではっきりわからないが、どう考えても過去問に比べ難問ばかりになっており、結果的に僕が相当に有利になっていた。なぜならアスペルガーの子供のように、普通は到底出題されないような化学式も趣味で憶えていたからだ。化学は満点ではないが、かなりのレベルの点数だったと思う。いろいろなことがあったが、医学部に現役合格することが出来たのである。