こんにちは。
おこしにつけたキビだんご、ひとつわたしにくださいな
の後、
童話「ももたろう」の歌の最後、
おこしにつけたキビだんご、ひとつわたしにくださいな
の後、「イイヨ
」と言ってくれた娘に、心癒されました。
」と言ってくれた娘に、心癒されました。なおです

(子供の何気ない一言に、日々癒されています
)
)----------
3ヶ月前に、受講したもので、
これまで無意識で書いていた「思い込み脚本」を、自分が望むような「脚本」に書き換えると言うもの。
この時に書きだした私の「思い込み脚本」は、
タイトルが「1人で全てを背負い、誰にも助けられず、最善策を探して進む旅
」。

」。 その内容は、
『困難なことがあっても、
誰も登場せず、
1人でその困難を解決しようと頑張って、
その最善策を見つけて進む旅。
最善策を見つけないとゲームオーバーになる』
と言うものだった。
そして、新たに書いた、自分の望むような脚本は、
タイトルが 「ラクして、楽しいことも人もお金もいっぱいの、ウキウキワクワクの人生
」

」その内容は、
『毎日楽しいことをして、
ラクして、
好きなことやって、
何をやっても、
幸せな気持ちでいられる。
そんな幸せな気持ちもいっぱい感じられて、
周りの人の笑顔もいっぱいで、
お金もいっぱいで、
毎日ウキウキワクワクな人生』
脚本を書き換えて3ヶ月…
まだ頑張っちゃうところはあるけれど、
前よりは、ずっとずっと幸せを感じて過ごせている



(書き換えた脚本の通り、叶ってまーす
)

)選択肢が増えた今、「したい」ことを、
「どっちも手に入れよう」として迷っている。
どっちも手に入れられる、「最善」の道を模索している。
「より良い」道ではなく、「最善」の道を探して迷っているのだ。
(あ。チョットだけ、道の向こう側が見えてきましたよ
)
)結局私は、お花畑の頭になっても、これまでの「思い込み脚本」のような、「最善策を探して進む旅」を続けているのだ。
つまり、私は、好きで「最善策を探して」進んでいるし、これまでも、好きで「最善策を探して」進んでいた。
そのことに気づいた今。
(もっとも、その「最善策」こそが私にふさわしいと思っている訳だけどね
…そんな自信過剰な私でいい
)
…そんな自信過剰な私でいい
)だから、3ヶ月前は自分で書いて「切ない…」とか「悲惨だ…」と思った
「1人で全てを背負い、誰にも助けられず、最善策を探して進む旅」
の脚本は、
今思い返してみれば、
「欲しい物を全て手に入れ、自分にふさわしい最善の道を探して進む旅」
だったのかもしれない。
その内容も、
『困難なことがあっても、
ちゃんと自分でその困難を解決し、
自分で決めて、
妥協せず、満足のいくように、
自分にふさわしい最善策を見つけて進む旅。
(注:最善策を見つけても失敗すると、当時の私はゲームオーバーになったような気持ちになる)』
と言うものだったように、今なら思える

結局は、ちゃんと自分で選んで、その道を進んでいたということ。
ただ、当時は、自分を肯定することができなかったために、状況をマイナスに考えがちだったし、何かあると、それこそ自分自身をとことん否定していたということ。
それに気づいた今なのです。
だけどやっぱり、それ「だけ」なんだよね。
自分を肯定することができなかった「だけ」。
マイナスに考えがちなだった「だけ」。
とことん自分を否定するクセがあった「だけ」。
だから、自分の存在自体が申し訳ないと思っていた「だけ」。
ただ、それ「だけ」。
ただそれ「だけ」で、やっぱり私自身の価値は前から変わっていないのだ。
やっぱり、私自身の価値は、前から変わらず「素晴らしい」のだ。
あれから3ヶ月しか経ってないんだ!?
こうも見方が変わるのか!?
と驚きもあるけれど、
変わるんです!!
考え方が変わると、
物事の捉え方が変わると、
見え方が変わるんです!
世界が変わるんです!
変わるんですよー!!
(特に、誰に言うでもないけど、大きく書いてみる
)
)そして、そんなmamaマスに参加した、カウンセラーさん達を選んだ自分にも、感謝



最後まで読んでいただいて、ありがとうございました

おわり