こんにちは。

先日の母の日、初めて夫から「子供達から」と、プレゼントのケーキをもらいました。
なおです
(嬉しかったよー それなのに、更にみんなに「ありがとう」「大好き」を誘導尋問し、嬉しい母の日になりました)
 
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前々回の記事で、気持ちが沈んでいた理由。
どうやら私は、「幸せは続かない」と思っていたようだ。
(寂しい前提だなぁ…)
 
きっかけは、この前のmamaマス
料亭での食事中に、「今度は花人間もしたいねー前に言ってたアフタヌーンティーもしたいねー」って話になった。
「うんうん、したいねー」って話に乗った私。
 
「mamaマスが全部終わっても、同窓会みたいに、またみんなで集まりたいよねー」って、話にも、「そうだねー、しようねー」って、話に乗ってた私。
 
 
 
そんな色んな楽しいイベントに参加したい気持ちは、勿論ある
だから、「したいねー」って、話に乗った。
だけどどこか、そんなイベントに参加したくないような気持ちと言うか、「遠いから」を理由に欠席を考えてる自分もいて…
(話に乗っておいて、ヒドイやつ
)

それはなんでかなー
って、ずっと考えてた。

 

その理由の1つに、勿論、お金や家族のブロックもある。
参加するとしたら、どれもきっと場所は東京だし、こうやってmamaマスに参加するだけでも参加費と新幹線代とで結構なお金かかってるのに、

また家族にお願いして、色んなことしに、しかも、「遊ぶため」に東京行くのもなーって、気が引けてたところもある。

 

だけどどこか、「幸せはずっと続かない」って前提があるような気がして、その背景をずっとグルグル考えていた。


mamaマスは、参加していて本当に幸せだし、本当に楽しい
多分、今、人生で一番楽しい時を過ごしてるような、そんな気がしている

だけど、それも、いつか終わる。

幸せであれば幸せであるほど、終わるのは寂しい

だから、私はどこか、
「いつか終わるなら、幸せじゃない方がいい」と思っていたところがあったみたい。

 

自分の中で、それをずーーーっと遡ってったら、
「幸せを感じて結局寂しい気持ちになるなら、生まれてこない方が良かった」とか、
「死ぬ時にどうせ1人で寂しい想いをするなら、幸せになんてならない方がいい」とか思えてきて、
私が生まれてきたことすら否定するところまで落ちていった

前に、自分の存在自体を否定している、って言われたことがあったけど、

あー!あれって、これのことだったのかー!と、

その出来事と関連付けて、「やっぱりそうだったんだー」と確認しては、また落ちたりもしていた。

 


そんな風に落ちてたら、いつも参加しているmamaマスのメーリスにも全然参加する気になれないし、
それなのに、私がいなくても、メーリスではどんどん話が盛り上がっていくし、

「あー。やっぱり私がいなくてもいいんだなー」って思って、また落ちたりもした。

(コレが、「証拠集め」ってヤツか?)

 

 

 

だけど、
「私がいなくてもいいんだー」って思う自分に、
「じゃあ、なんで存在してるの?なんで生まれてきたの?」
って、ふと聞いてみた。

そしたら私の中から返ってきた答えは…


「幸せになりたいからに決まってんじゃん!

 

 

 

…エッ!?Σ(・ω・ノ)ノ!

「幸せをいっぱい感じると、最期に寂しい想いをするから嫌だ」って言ってんのに、

私の中からは、「幸せになりたいから!」って返ってくるわけよ…

いやいやいや、矛盾してんだけど!と思いながらも、その言葉を飲み込んでみる。
 
 

 

…そっかー。

後先考えずに、
ただただ、楽しめばいいんだ!
ただただ、幸せを感じればいいんだ!

って思って、なんだか笑えた。

私って、こんな風に先々を考えて、先々を心配して、前に進むのをためらったり、余計な心配することが多い人。

 

まぁ、色々考えたって、結局妄想に過ぎないし、
「最期は寂しい」と思ってることもただの妄想で、
もしかしたら、「楽しかったなー」な最期かもしれないし!なんて思えてきたら、落ちていた気持ちもだんだん復活してこれた。

 

 

 

だけど、この「幸せは続かない」って前提
もしかしたら、小さい頃に私の中にできた前提なのかも?なんて思ったりもして…

 

私は、3人兄弟の一番上。

1歳3ヶ月で弟が生まれて、お姉ちゃんになった。
前に第一子の息子が、

何でも1番がいいから1番最初に生まれてきたんだよー!って言ってたことがあったんだけど、もれなく私も第一子。

「もしかしたら私も、1番になりたくて1番最初に生まれてきたのかなー?」と思った。
で、最初に生まれて、みんなに喜ばれて、多分ちやほやされて、私は幸せだった

だけど、そんな私の天下も、1年3ヶ月で終わり。
弟が生まれたら、1番じゃなくなった(と思ってた)。

 

たぶん、私の中で「幸せ = 1番になること」みたいなところがあったんだと思う。

だから、ずっと私はずっと「1番」にこだわっていた。

弟が生まれて、「私は1番じゃなくなった」と思ったから、「私の幸せは終わった」と感じて、それ以降「幸せは、長く続かない」って前提ができたのかな?と、思ったりもした。

 

 

 

だけど、今思うのは、

1番だけが幸せな訳じゃない。
1番じゃなくても、幸せは幸せ。

1番になりたい気持ちはくすぶるけど、
自分が幸せだと思えれば、1番じゃなくても幸せなのかもしれない…

と言うこと。


 

そんな気づきが、また次の気づきにつながり、私の中の「妖怪可哀想」と、遂に出会うことになるとはこの時、思いもしなかった訳で…
って言うか、実はこの時点で、私はすでに「妖怪可哀想」を退治したと思っていたヤツ
 
話は、次に続きますつながるうさぎ