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一瞬、「なんだ、コレは?
」と思ったし、お母さんに「木だよ」と言われても、「えっ?

」だったし、子供達と逆さまにしては「ブドウみたいだよね〜」や「いちごみたーい」って、散々笑った(←ヒドイ)。
でも、「同じ物を人にもらって、それを見て作ったの」と話すお母さんに、「え?コレを、見ただけで作ったの?マジで!?」と思った私。
私も、物を作ったりするのが好きなんだけど、作り方の手順に沿ってしか作れない。
この冬も子供達のニット帽を編んだのだけど、YouTubeの動画を参考に、見ては一時停止して、また巻き戻して、を繰り返してやっと編めたのだった。
そんな、編み図も読めず、ナントカ編みだなんて名前しかわからず、見本を見てだけなんて到底編めない私。
そんな私だから、見本を見て、「だって、長編みだから、見れば簡単に編めるんだよ!」と言うお母さんに、
“お母さんって、スゴイ!”

と、自然に思えたのだった。
これが、なんか、嬉しかったんだよね

私の中のお母さんのイメージは、
おっちょこちょい、
ドンくさい、
要領が悪い、
自分がない、
人の意見に従ってばっかり、
料理も下手、
どこでも寝る、
ダサい、
・・・
そんな、マイナスのイメージばっかり
だからなのか、「お母さんって、スゴイ!」って、プラスのイメージが心の声として聞こえたことが、なんだか、嬉しかった
なんで嬉しかったかの理由は、うまく説明できないんだけど、実は、このお母さんへのマイナスのイメージは、そのまま私のマイナスのイメージだったりする
うーん。
なんか、私の中で、お母さんと私を分離できていないのかも?
なんか、“お母さんは私で、私はお母さん”みたいな?
つまり、
お母さんのイメージはマイナスなことばっかり
⬇︎
うまく自分をお母さんと分離できていない
⬇︎
お母さん = 私
⬇︎
私のイメージもマイナスなことばっかり
⬇︎
私はマイナスばっかりの人
そんな感じだったから、
お母さんのプラスのイメージを見つけた
⬇︎
私のプラスのイメージも見つけた
って感じで、嬉しかったのかもしれない

お母さんと自分を分離できていないと仮定すれば、私の中のお母さんの記憶が薄いのも、納得するような…

でも、そんなことって、あるのかな


(そういや、お父さんを切り離して考えられるようになったのも、つい最近だぞ
)
まぁ、とにかく、「お母さんって、スゴイ!」と思えて、嬉しかったんだよね


なんか、実家に帰るたびに色んな気づきがあって、しかもそれがプラスのことが多くて(これまでが嫌なイメージばっかりだったからね
)、ちょっとずつ、実家に帰ることへの抵抗感が薄れてきてる気がする
おー、なんか、いい感じだぞー
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました
おわり![]()