器を広げるとか
器が大きいとか
器が小さいとか
世の中のなんやかんやや
他人を受け止める寛大さを表してるんやなくて
じぶんの感情を入れてるもんなんや!
わたしの尊敬するこのかたのこの記事。
大きく生きるを読んで目からウロコが落ちました。
そのおかげで同時に
あのひとにこう思われる。
みんなにこう見られる。
それは
じぶんがじぶんをそう思ってる。
じぶんがじぶんをそう見てる。
だからじぶんがじぶんをそう思わなかったり
見なかったりしなければ怖くもないし
思われても見られても
そうはっきり言われても
あのひとはそう思ってるんや。
みんなはそう見えるんや。
って他人事にできる
ってことなのだね。
これが器がおっきくなる現象か━━━━!!
めっちゃ納得。
とっても楽♪
だから先に「じぶん」ありきなのだね
そんでじぶんを素敵目線で見たら
あのひとのみんなの素敵だねーが
じぶんのこと(モノ)になるのだね
これが豊かさなのかも。
そして
あのひとはあれをこうだと思ってる。
みんなはあれをこうだと見てる。
わたしはあれをそうだと思ってる。
わたしはあれをそうだと見てる。
いわゆる
価値観の違い
見解の相違
解釈の違い
それは
それぞれの心の器の水が
どんなことで揺れたか
どんなことで溢れたのか
それぞれの経験によって
揺れ方が違うってだけのこと
だれも
じぶんを否定してない
否定できるのはじぶんだけ
だけど
否定されたようで悲しい、淋しいって感情は
器の中の水が揺れたのだから
それは否定しなくてもいいんだな
ぢんさんのいう
ひとは元々傷ついてる
傷つけられたはないのだと
たまたま
傷口に触れてしまうことがあるだけ
も、どすんと腑に落ちた。
カウンセリングモニター様
あと1名様です。
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