「綾子さんの悪口は、もうセッションだよね!
逆に自分の現在地がわかって、安心する。笑」
とまで太鼓判を押していただく始末。。。笑
※「悪口セッション」という名のメニューは提供しておりませんが、「ご自愛」研究会議の際にはいくらでもお伺い致します。笑
でもね、わたしはわたしなりに、
考えたんですよ。
思考が現実化してしまうこの世の中において、
どうして嫌いな人の批判をこんなにしても、
むしろわたしは好かれるのかしら?と。
人に言いたいことは自分に言いたいこと、
という法則に則って、
それがあとから分かることももちろんあるんですけど、
だって新年早々のわたしの呪詛は本当に呪詛だったんです。
もうこの人大っ嫌い!!
って思った人本人に対して放ったわたしの言葉は、
新年明けまして心よりお呪い申し上げます。
(中略)
大っ嫌いです。
↑
こんな感じだったんです。
だけど誰にこの話をしても、
むしろ逆にこの悪口の放ち方のセンスをベタ褒めされまして、
あれ?なんだこれは???
と、ずっと思っておりました。
人の悪口は蜜の味、ってことかな?
って思ってみたりもしたのですけど、
それだけではありませんでした。
わたしが、誰かの悪口を言う時は、
その人の中に見た醜さを、
自分の中に入れないように徹底的な攻撃(悪口)を以ってして、
自分から排除しているのだ、
自分から排除しているのだ、
と気付いたのです。
それは、もともと自分の中にもある「不要なもの」を、
その人を通して禊いでいく感覚なんだと思いました。
自分にとって不要なものを見極めて排除する、
というその取り組み自体は即ち「ご自愛」活動のひとつなのです。
自分を取り巻く環境を整えるための悪口だから、
わたしは相変わらず愛されちゃうのかな?
と仮説を立ててみました。笑
「綾子さんにしか言えないんですけど」
ってブラック相談をされることもあるんだけどね 笑、
そういう時はいつも、
その方の「要・不要」を見極めるために必要なことだなー、
と思いながら伺っております。
逆に、ダメな悪口というのもあります。
悪口を言う対象や、
その対象を通して見えた自分の醜さを、
排除できないがためのストレス発散による悪口です。
例えば、
自分よりも人望の厚い人や人気のある人に対して、
「あいつのせいで私が目立たない。もう消えてほしー!」
って言うのとかね。
その、自分の中の劣等感に向き合えないまま、
劣等感のままに八つ当たりをする自分自身こそが排除の対象であって、
劣等感を抱かせてくる人を排除しようとするのは本末転倒。
ただの八つ当たりです。
ただの八つ当たりです。
排除する覚悟がないくせに言う悪口は、
言う本人にとって望まない現実を創り出す思考、
となるだけです。
もちろんどちらの例でも、
自分の口から出る悪口は、
相手の悪口でもあり、
自分から自分への悪口。
だからこそ、
何を言っても最後は自分が得するような(=排除されるべきものを排除できるような)、
悪口マスターになりたいと思いますね!
声を大にして言うような話でもないですね…。笑
(おまけ)
「排除」についての秀逸な考え方は藤本さきこさんがすっごくわかりやすく書いてくださってます


「不必要なところで器を広げない!」本当の器が大きいとはそれを自分に許している事❤️
(おまけ)
「排除」についての秀逸な考え方は藤本さきこさんがすっごくわかりやすく書いてくださってます



「不必要なところで器を広げない!」本当の器が大きいとはそれを自分に許している事❤️❤ブログランキング占い ❤
ご訪問のついでに、
↓こちら↓のいずれかのボタンを押して下さいませ(^^♪
順位が偶数なら金運上昇、奇数なら出逢い運上昇のサインかも♡![]()
![]()
読者登録もいっぱい増えて嬉しいです!
もう少しで2,000人達成

ありがとうございます!


