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 「行」とは、「修行」、行いのことです。また哲学語で、「実践」「行為」「人間的な働き」を言います。「知行合一」などと使います。

 仏教で「行」は「修行」という意味でよく使います。
 浄土の教えというものは、今あるこの現実を直視して、求める仏道です。往生浄土に至るために、独自の行をなすべきという考え方があります。
 それを唱えたのが善導で、「正行」として、次のようなことを示しました。
・一心に浄土の三経を読誦すること
・一心に阿弥陀如来と浄土の相を観察すること
・一心に称名念仏すること
・一心に阿弥陀如来を賛嘆し供養すること
 善導は、なかでも暗闇のなかでもがく人間が、真実、往生したいと願い、教えに出会ったとき「阿弥陀仏」と称名することで必ず往生できると説きました。に「『阿弥陀仏』と言うは、すなわちこれ、その行なり。この義をもってのゆえに、必ず往生を得」(『観経疏』聖典一七六)
 これが後に、法然により五正行(読誦・観察・礼拝・称名・賛嘆供養)として伝えられました。この5つを行うとき、行者の心がいつも仏様のそばにあるように感じられるので、正行とされたのです。

 また、広義では「行」は「一切の現象世界、あるいはそこに至る働き」をしています。さまざまな原因や条件が集まり、現象を成り立たせているはたらき、成り立った姿を言います。
「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という言葉に使われる「行」が最もその意味に近いと言えるでしょう。一切のさまざまな要因や条件によって、つまり縁起によって成り立った姿(=行)は無常です。仏教において、全ての現象は、神によるものでも、宿命によるものでも、偶然のはたらきによるものでもなく、縁起であり、行によるものだと考えられます。


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