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 人が右と言えば左、左と言えば右。何を言っても逆らって、反対のことばかり言ったりしたりする。ほめてもらっているのに、素直に「ありがとう」と言えない。
 そんな、へそ曲がりな人のことを「あまのじゃく」と言います。

 実は私もふと我が身を振り返れば、実に天邪鬼で、それはもうお恥ずかしいくらいです。
 仕事では、相手の方を尊重し、最後までお話を聴き、そしてもし相違点があればタイミングを見計らって言うことを念頭に置いています。
 けれど、プライベートになるとどうもいけません。
 相手が話したとたん「でもね……」「けどね……」と即反論してしまうことが多くて、反省ばかりです。

 「天邪鬼」は、当て字では「天の邪気(あまのじゃき)」あるいは「天の邪久」と書きます。「あまのじゃこ」「あまんじゃく」「あまんじゃくめ」とも言います。

 これには、いろいろな語源が結びついています。
 中国由来の水神「河童」と同類にあたる「海若」を訓読みして「あまのじゃく」になったとも言われます。また日本書紀や古事記に出てくるひねくれ者の神様「天探女(あまのさぐめ)」が転じたとも考えられています。
 この「天探女」は何でもかんでもに言葉に反したことを言うのではなく、事前に人の心の内面を探って、その逆を言う悪鬼だったそうです。
 となれば、逆のことを言ったりしたりする人をそう呼ぶのも、時として心にもないことを言う人間の邪心を見透かされたような気がするからかもしれません。

 最近では口語でもめったに使わず、古風な言い回しのように感じられます。昭和のレトロ風な場面をバックに、本当は好きなのに嫌いだと言ってしまう、歯がゆいようなやりとりで使うのにぴったりかもしれません。
 そもそもそんなシーンで「まあ、あまのじゃくな人ね」と聞くと、あまり心から責めている気配を感じません。ひねくれ者をそしる一方で、「まあ、でも仕方がないわねえ」というニュアンス。

 京都・西本願寺の御影堂正面の左右に置かれた、ずしりと重い石の天水受けを見てみると全長四〇センチの天邪鬼八体(左右四体)が下から支えています。小さな身体で、三五〇年も支え続けているユーモラスな表情は「仁王様にも、四天王様にも踏まれ、おまけにこんな重いものを持っているんだから許してよ」と言っているように見えるのです。



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