←クリックをお願いします。三年前、とても美しいお辞儀をする方と出逢ったことがあります。私より長身で、少しお若い方でしたが、身体をきれいに折られて「はじめまして」とおっしゃった姿は、今も心に焼き付いています。
端正な動作と、あふれる笑顔が印象的でした。
相手の方に対して心からの敬意を表現される方なのだと思いました。
自分でもそのように、心根の良さが感じられるようなお辞儀ができる人になろうと思いました。クリスチャンの方でした。
挨拶には、軽い会釈程度のものから、お別れのものまでいろいろあります。
引っ越してきて隣の方の顔も知らずに日々が過ぎ、朝夕の「挨拶」をする間もなく何年かが過ぎ、やがてその隣の方が、「挨拶」もなしに引っ越してしまわれた…というようなことは、現代では珍しくありません。町内会のような地域の輪がないところでは、よくある話でしょう。
もともと、「挨拶」の「挨」は推す、「拶」は迫る意。
中国の古典では「前にあるものを押しのけて進み出る」ことを示していました。
また、日本でも禅の言葉として使われており、門下の僧同士で押問答をして、互いの悟りの深さを量ったり、どの程度修行が進んでいるかを試したりしていました。
この意味から転じて、今では「お互いに言葉を交わす」という意味になったのです。
出会いの始まりに「挨拶」。相手の方への敬意を大切にして、切磋琢磨することも忘れずに、さりげない「挨拶」ができるよう、自分を磨こうと思うのです。
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