←クリックをお願いします。子供の頃、大人に対してにこにこと笑顔で話かける気だてのいい友人が「愛敬があるわねえ」とかわいがられていたのを覚えています。さほど社交的でない自分は、どこかでうらやましい気持もありました。
「愛嬌がある」とは、「憎めないかわいらしさ」を表現する時の言葉です。「男は度胸、女は愛嬌」と昔からいいますが、最近では「女は度胸、男は愛嬌」と聞いても何ら違和感を持たなくなってきているかもしれませんね。
「愛嬌」は、「あいきょう」と読みますが、実は仏教語では「あいぎょう」と発音します。菩薩(ぼさつ)様の柔和な顔かたちを示す「愛敬相(あいぎょうそう)」から来ているのです。『観音経(かんのんぎょう)』では、「愛敬」は、尊敬する、愛することの意味で用いられています。
近年、仏像を鑑賞するツアーが、年齢を問わず人気があります。
慈愛に満ちた和やかな仏様のお顔は、いつまで眺めても飽きない美しさを備えていますね。中でも飛鳥時代の仏像は、口の両端を軽く引き上げた「アルカイックスマイル」と呼ばれる微笑のスタイルが取り入れられていることで知られます。
自分は愛嬌がないと思っている人、大人に愛嬌は必要ないと思っている人は、時にはむずかしいことを考えず、唇の端を上げて仏様のアルカイックスマイルを真似してみてはいかがでしょう。
誰に対しても柔和でいられる人は、周囲に愛され、尊敬されます。いつも笑顔いられるわけではなく、悔しい時、嫌な時、悲しい時などあるでしょう。けれど、毎日何気なく行っている表情の習慣が積み重なって、その人の顔がつくられるのです。
一日に一度、「愛嬌」のある顔をしてみましょう。唇の端を軽く上げるだけ。ちょっとしたことで、周りの人も、そして自分自身も穏やかで明るい気持ちになるものです。
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