
「無学でお恥ずかしい」とよく言いますね。
一般的には「学問がない」という意味です。
しかし仏教で言う「無学」は
「学ぶべきことは全て学び、もはや学ぶことがない」、つまり学を究め尽くした、という意味なのです。
対して「今だ学ぶべきことが残されている」状態を「有学(うがく)」と言います。
「学ぶべきもの」は仏道のことです。
生きるということは、人として学ぶべき課題を残していることでもあるわけです。
生きている間ずっと、私たちは「有学の徒」だと言えるでしょう。
「生きる意味が分からない」と言う方がいます。
大丈夫。分からなくても大丈夫。
「分からない、分かっていない、知っていない」ということを自覚して生きることに意味があります。
「悟りを得た、学ぶべきことはない」という人は、「無学」の意味を逆立ちして捉えているのです。
歩きましょう。
遥かな道ですが、誰もが歩いている道。
独りではありません。